1章3話『レピドデンドロン』

 その森は緑寮の更に南側、竹林サピアの西側に隣接している。今朝、竹林サピアは静かだったので、おそらく昼にかけて、あるいは、午後に何者かが結界を壊したのだろう。


 これを仮定しよう。


 緑寮にはまだ幼い者もいるし、生命系の魔法は戦闘向きでないものが多いので、応戦しないとまずいだろう。道端で拾った真剣を振り回し、緑寮に走っていくと、キリ、カナリが他数十名と悪戦苦闘している。


蔭蔓カゲル蔭蔓カゲル参上。」


カナリ「遅い。何していたの!?」


 カナリは倒れた数名の学生を並行治療中だ。カナリは最高学年の一人で、植物細胞を用いた傷の治癒魔法に秀でているうえ、数十種類のハーブを身体から生やして自在に操る。まさに魔法の天才で、今年度の緑寮のリーダーだ。


 一方、キリは、こちらに見向きもする余裕もなく、6m程度の蛇と戦闘している。キリは赤いツルバラを自在に操る園芸好きだが、今の緑寮では一番強い。


 さて、蔭蔓カゲルとくれば、治癒魔法は使えず、攻撃に特化した魔法も使えない。やはり、蔭蔓カゲルの使える唯一にして最強の魔法は、数種類のシダ植物ヒカゲノカズラ類の植物を身体から生やして操作できることだ。


 ただ、周囲に該当する植物さえあれば、半径10m程度で同時にコントロールできる。これは蔭蔓カゲルの強みだ。


蔭蔓カゲル「カナリ。状況は?」


カナリ「重症4人。皆蛇毒に。3人は降ってきた蛇に噛まれたの。」


 降ってきた?あぁ、なるほど。寮の周囲を囲む木が邪魔なのか。寮の周囲の木を全て横倒しにできたら、蛇が降ってくることもなくなるだろうか。


 蔭蔓カゲルはありったけの力を込めて唱えたというより、叫んだ。


蔭蔓カゲル鱗木レプトフリーアム!!!」


 鱗木レプトフリーアムは、植物界でも最も巨大に成長する種の一つだ。蔭蔓カゲルが身体に持っている種は高さ40m前後まで成長する。


 腕や足から生えた鱗木レプトフリーアムは、彼を蛇の攻撃から守り、寮員を上手くよけながら、寮を囲む広葉樹を横倒しにした。一度で終わればよかったが、寮の後方は死角ので、周回しながら倒してまわる必要がある。


 鱗木レプトフリーアムと倒した木々は簡易的なバリケードとしても機能した。これで魔獣たちは、鱗木レプトフリーアムの奥から攻撃してくるしかなくなった。良いことばかりではなく、急激に魔法を使用によって、蔭蔓カゲルは激しいめまいに襲われた。


 あぁ、なんでこんなことに・・・。


 蔭蔓カゲルは再び立ち上がり、なんとか寮を一周し、カナリの元に戻った。


蔭蔓カゲル「次はどうする。」


カナリ「噛まれたまれた子を解毒しないと。私ではできないから、中央に運ぶ必要があるわ。できるだけ早く。伝令は何度か送ったから援軍が来ることに期待したいけれど。」


蔭蔓カゲル「わかった。それまで、持ちこたえよう。」


カナリ「頼んだわよ。」


蔭蔓カゲルは軽くうなずいて、キリのほうに急いだ。


キリはまた別のより大きなの蛇の頭を切り落としたところだった。


キリ「来たか。鱗木レプトフリーアム助かった。」


蔭蔓カゲル「森の奥から来たのか。」


キリ「それも突然な。急に深い霧が現れて気づいたら大量にあの蛇どもが襲い

掛かってきた。紫の蛇にかまれたやつは毒で動けなくなる。気を付けろ。」


蔭蔓カゲル「全部毒があるわけじゃないのか?」


キリ「他の色は、即効性ではない。」


キリはかなり消耗しているのはうかがえた。


蔭蔓カゲル「俺はともかく、キリはいけるか。」


キリ「ああ。」


蔭蔓カゲル「流石。援護する。」


 襲撃してきたのは蛇の魔獣だが、体色や模様の違いから大抵3種類に分かれている。2m程度のものが大半で、それらはシダで締め付ければ倒すことができたが、多勢に無勢。体力がそこを突く前に、問題の出所を止める必要がある。


 やはり、結界が壊れたのだろう。それならば、結界をなおさない限り無尽蔵に魔獣が来てしまう。


蔭蔓カゲルキリ、森の奥の結界が壊れているんだと思う。直さないと・・・。」

キリ「同感だが、ここには結界術をつかえる者がいない。」

蔭蔓カゲル「かなり伝令送ったって言っていたが、そのことは・・・。」


キリ「伝わってない。」


蔭蔓カゲル「おっと、そりゃまずい。」


 蔭蔓カゲルは急いで、追加の伝令を出した。キリのところへ戻る途中、緑寮の最高学年の残り二人である双子のカイト、リンド兄弟にすれ違った。2人は大量に荷物を積んだ荷車を転がしてきた。


蔭蔓カゲル「まさか、今から畑仕事にいくわけじゃあるまい!?」


カイト「今日は、土じゃなくて特殊な強酸の詰まった瓶。高速で投げると途中で割れて飛び散るようになっている。ちなみに、不発したら自分の腕が焼けることになっている。」


蔭蔓カゲル「もらってくぜ。こっち側は俺とキリで抑えるから、二人は反対側を。」


リンド「ちょっと。」


 キリのところに戻って試しに1つ打ってみると驚くべきことに中身が飛び散った一体が煙を立てながら溶けていく。しかし、誤算だったのは球技の才能が全くないことを忘れていたということ。狙った魔獣にはかすりもしなかった。


キリ蔭蔓カゲル、貸せ。」


蔭蔓カゲルは、ニヤッとわたって、もう一つ持っていた瓶をキリに渡すと、キリは迫りくる5mの蛇に見事に命中させた。


蔭蔓カゲル「流石です。先輩。」


 左を振り向けばカイトとリンドが瓶を手足から生やしたツタで直接蛇どもにあてている。


 あぁ、そうやって使うのね。あれ。


 新しい瓶を取りに帰る時間が惜しかったので、次に、日陰蔓ヒカゲノカズラで即席バリケードを隙間なく覆い始めた。蛇が入りにくくし、もし入ってきてもすぐさま動きをとらえられるようにするためだ。


 当然、その間も蛇は襲ってくるからキリと背中合わせに戦った。


蔭蔓カゲル「ほかの奴も、鱗木レプトフリーアムの周囲を覆ってくれ。」


 援軍は比較的早く、20分程度で到着した。どうやら、事態を察した他の連中が気を利かせて人員を自ら送っていたらしい。そのころには、緑寮の周りは鱗木レプトフリーアムやら、ツルバラやら、緑色のゲルやらで、立派なバリケードが完成していた。


将器ショウキ蔭蔓カゲル!大丈夫か。」


 将器ショウキの声。ってことはあずさもいるのか。


蔭蔓カゲル「お前、青寮はいいの?」


将器ショウキ「現場は僕たちが指揮しますから、先輩方は緑寮の応援に行ってくださいだとよ。」


あずさ「相変わらずすごい有様になるよね。蔭蔓カゲルが魔法を使うと。特に蔭蔓カゲルが。」


 鱗木レプトフリーアム日陰蔓ヒカゲノカズラは肉体との結合部分を細胞死ネクローシスさせて切り離すのだが、身体には、植物や、その跡がたくさん残る。全身からシダの生えている蔭蔓カゲルは昔話に出てくる異星人を思わせる。

 

 あずさ曰く、“異星人よりも異星人らしい”らしい。


あずさ「さて、本題。中央からカイエン様に向けた伝令を出したの。あたしと将器ショウキは結界を直しにいける。結界術の使える黒寮の琴音コトネを連れてきた。」

 

 するとあずさと、将器ショウキの背後についていた銀髪の小柄な少女が畏まりながら前にでた。


琴音コトネ琴音コトネといいます。簡易的な措置になりますが、結界の代わりになるものは作れます。」


将器ショウキ「5人ぐらいで決行しよう。」


キリ「俺も行く。」


 キリはそういって、目の前にいた蛇を頭から切り裂いた。


蔭蔓カゲル「まぁ、キリもいれば、まず迷うことは無いだろう。」


あずさ「わかった。個々の防御の交代は赤寮の人員を数人充てる。」


将器ショウキ「了解した。」


蔭蔓カゲル「じゃあよろしく琴音コトネ。俺が蔭蔓カゲルでこっちがキリだ。」


琴音コトネ「はい。よろしくお願いします。」


 琴音コトネの礼儀正しさに「敬語なんていいって。」と言いそうになったが、軽く微笑むだけでおさえた。容姿からして、彼女は2学年ほど下だろう

。彼女を守ることがこの作戦の最優先事項になる。


 肩から生やした日陰蔓ヒカゲノカズラで周囲の蛇を捕まえては投げ払いながら、前に進んだ。隣では、あずさは、蛇の視界や嗅覚を麻痺させている。蔭蔓カゲルとあずさで、琴音コトネを守りつつ、キリ将器ショウキが近づく敵を切り倒した。


 10分ぐらい走ると、結界が結ばれているはずの大樹が見えてきた。幹の直径は5mぐらい。見れば、大きな穴が開いており、結界の役割を果たす岩石である、結界石は壊されている。


蔭蔓カゲル「これは、人の仕業だな。しかも新しい。」


あずさ「分析はあとよ。琴音コトネできる?」


琴音コトネ「やってみます。」


将器ショウキ「決まりだ。蔭蔓カゲル琴音コトネのフォローを。」


蔭蔓カゲル「はいはい。」


 一応、将器ショウキこの部隊の隊長ということで、かなり張り切っているご様子。自分だけフォローというのはあまり気に入らず、また、情けない感じもしたが、合理的な判断だ。


 他の3人は大樹の周辺に散らばり、戦闘を開始した。


琴音コトネ「有効範囲は半径250m。」


琴音コトネ「種類は。」


 へぇ、才能あるなぁ—。ただ、肩に力がはいりすぎだ。


蔭蔓カゲル「ばっちり援護するから、安心してよ。」


琴音コトネ「はい、ありがとうございます。」


 ひょっとして今、俺、少しイケてる先輩なのではないか。


 大樹の周りに輪を張るように鱗木レプトフリーアムを張り巡らせた。もちろん、一人に魔獣が行き過ぎないように日陰蔓ヒカゲノカズラによる妨害も同時に行う。


 今回は緑寮のときよりも密にレピドデンドロンをはりめぐらせた。鱗木レプトフリーアムのほうが大樹よりも背の高い木なのでちょうど大樹を覆いつくす形に囲い込むことができたが、40mの高さまで成長させるには魔力が足りず、断念した。20mちょいといったところだ。それでも、全身がだるくて膝をついた。


 こんな一気に、魔法使ったのは久しぶりだな。


 だが、それでも日陰蔓ヒカゲノカズラを張り巡らして時折侵入する蛇を絞め殺す。大型なら、切り倒す。


 一方琴音コトネのほうは、術に集中していて、蔭蔓カゲルがモンブランのようになっているのには気づかない。すでに結界を張り始まっていて、5分程度で結界は鱗木レプトフリーアムのなす円周よりも広がった。


将器ショウキ「このまま結界の外周とともに移動しよう。」


あずさ「琴音コトネを守るのが最優先よ。」


キリ「ここで別れるのは得策じゃない。」


 遠くでは今も魔物たちが訓練所に突入している。それなのに、琴音コトネを囲って4人で大樹を守っているのは忍びなかった。


将器ショウキ「あとどれくらいかかりそうかな?」


琴音コトネ「・・・すみません。30分は。」


 「それなら、」将器ショウキが言いかけたところでキリが遮った。


キリ「誰か来たぞ。」


将器ショウキ「援軍か。」


キリ「いや。目標6体。5体は蛇で、1体は人型だ。」


 5体の大蛇を従える人間・・・だとすれば。


蔭蔓カゲル「敵だな。」

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