第5話 序章 4
「マイヤー伍長、起きてください!」
激しく体を揺さぶられる。テントの隙間から漏れる光はまだ弱い。まだ夜明け直後だ。ヴェルナーが目を開けると目の前にイが顔面蒼白になって立ちすくんでいる。瞬時に目が覚めた。ただ事ではない。
「どうした!何かあったのか?」
「ナチスの奴らです!今ポーランドにある独ソの国境を越えてきたらしいです!」
イはかなり動揺しているようだ。周りを見るとアレクセイの姿がない。
「アリョーシャは?」
「マイヤー伍長が起きる少し前に飛び起きて外に置いてある銃を取りに行きまし
た。早く支度してください!」
わかった、と一言言うと急いでシャツの上に軍服を着てテントの外に出た。アレクセイが銃を二丁抱えて走ってくる。
「アレクセイ、国境が抜かれたのに何でここには敵が来ていない?」
「司令部も大混乱だから全くわからん。だけど、奴らは一直線にソ連の中心めがけて突き進んでいるらしい。恐らくだが、奴らは噂で聞いたフランスをやっつけたのと同じ方法で攻めてきたみたいだ」
アレクセイの予想は当たっているだろう。敵の突破点に選ばれずに済んだことは幸いだ。そうでなければ安楽死しているところだった。
「しかし、どうする。敵を迎え撃つどころか、敵に背面を取られているぞ」
確かにこの状況では反撃云々の次元ではない。もうすでに軍は半壊状態なのだ。 国の内部に敵が侵攻している時点で前線に取り残された部隊は戦うことより逃げることに全力を使うべき段階になっているといっても過言でない。捕虜になる状況すらあり得る。
ヴェルナーは深呼吸をして平静さを取り戻した。動揺しているイを落ち着かせ、
「伍長や上等兵の俺らにどうにか出来る事態じゃない。とりあえずわが旅団の将校
達の判断を仰ごう」
ヴェルナーはそう言って、三人は急いで司令部があるところに向かった。そこは三人と同じことを考えて集まった下士官・兵であふれていた。
ヴェルナーはたまたま近くにいた連隊長の中佐に声をかけた。普通は伍長クラスの人間が中佐に話しかけることなどありえないのだが、そんなことを言っている場合でなかった。
「同志中佐、私たちはこれからどうしたらいいのでしょうか?」
中佐はヴェルナーを見るなり顔を真っ赤にした。ヴェルナーは無礼を叱責されると覚悟したが、中佐の口からでた言葉は無礼を叱責するものではなかった。
「伍長、私は貴様にかまっている暇はない!私だって状況を全くつかめていない!
今前線に斥候を飛ばしているから、それの報告が来るまで待て!わかったか!」
中佐はそう言うと兵士の海をかき分けて司令部に入っていった。
「待機ですね……」
イが力なく言った。
軍隊の仕組み上、上官に待機といわれたら待機するしかないのだ。それに逆らったらめでたく軍法会議にかけられる。それ以前にヴェルナー達は死刑囚同然なのだ。軍法会議の前に銃殺される可能性の方がずっと高い。命令を破ることは出来ない。
「とりあえず飯でも食うか?」
アレクセイが唐突に言った。この状況で何を言っているのだろうかと思ったが、次いつまともな食事にありつけるかわからない。とりあえず何か食べておくことは後の事を考えると得策だ。三人は手持ちの乾燥野菜といった保存食は温存しておき、連隊食糧庫の前に置いてあった黒パンにラードを塗って口に突っ込んだ。
「上層部の対応が早ければいいのですけど……」
イは不安そうにそう言った。
「こればっかりは上もすぐ対応すると思うぞ?もしファシストどもに敗れれば自分
たちの創り上げた楽園が崩壊するわけだからな」
アレクセイが緊張感のないトーンで言った。まだ、事態の深刻さなど知る由もなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます