第3話 序章 2
砂煙が目の前をかすめる。そのたびに目に砂や無数のごみが入ってくる。泣きたいのを必死にこらえる。的を狙う。呼吸を整え、心臓の鼓動と鼓動の合間を意識する。自らの呼吸が一定になり、鼓動と鼓動の隙間を感じたその瞬間に人差し指に力を籠める。後は的に弾が吸い寄せられていく。弾は的を貫き後ろの盛土に当たる。
「的中!」
ヴェルナーの隣で双眼鏡をのぞき込んでいる指導教官が叫ぶ。
「再装填!」
「狙え!」
「撃てぇ!」
そこら中から甲高い発射音がこだまし、硝煙が立ち込めている。臨戦態勢ということもあり、防衛任務と訓練は交代制で行われている。今はヴェルナーとイの訓練時間だ。十発程度の射撃訓練だが、きっちり的に当てないと将校の理不尽な叱責や拳をくらうことになるので一瞬も油断できない。特にヴェルナーやイのような人間はそうでなくとも将校のストレスのはけ口にされかねないのだ。
しかし、ヴェルナーは射撃に関しては相当優秀なため、ほとんど的を外すことはない。それどころか、ヴェルナーが所属する旅団の中で彼の右に出るものはいないであろう。
いや、誰もいないということはあるまい。ひとりいる。ヴェルナーに勝るとも劣らない射撃の腕を持つ兵士が。訓練は小一時間で終了した。訓練それ自体は特別過酷というわけではないのだ。
指導教官の一人である中尉が射撃訓練の結果を発表する。
「一位、ヴェルナー・マイヤー伍長!二位、イ・ヨンホ上等兵!三位、アレクサン
ドル・スミノフ兵長!以上だ」
ヴェルナーは訓練が終わるとそそくさと自らの配置に戻る為に片付けをする。必要なことないことは極力しないようにしている。当たり障りのない「一兵士」であることは彼にとっては重要なことだ。
配置に戻ろうと回れ右した時、後ろから何者かに声をかけられた。
「マイヤー伍長、今日も見事な腕ですね」
イ上等兵だ。ヴェルナーの射撃技術に素直な敬意を表してくれているようだ。
「ありがとう。しかし、実践経験のない私は一人前ではないよ」
「確かにそうかもしれませんが、伍長は必ず立派な手柄を立てますよ。スターリン
の為に!」
ヴェルナーはその言葉を聞き、少々不快になった。別にイやイの発言を嫌悪したわけではない。いうなれば、体全体があるフレーズに対して拒絶反応を起こしただけだ。
「そうね、スターリンのためね……」
不貞腐れたようにヴェルナーはつぶやいた。それを聞いたイはすかさず、
「伍長!気持ちはわかりますが、ここは公の場です。発言に気を付けてください!」
ヴェルナーははっとした。
「すまない、伍長」
一言そう言うと二人並んで配置に戻っていった。
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