底辺男、実は禁忌の魔王でした

ひるねま

第1話

 俺は、何もかもうまくいかない生き物らしい。

『やればできる』

『あなたならできる』

『やる気さえあればなんだってできるはず』

何の根拠もないこれらの言葉ほど嫌いなものはない。

こんな言葉を並べられると、ひねくれた感情しかい出てこない。

『うざったい』

これだけだ。

いろんな負の感情に巻き込まれ、最終的に心に残った感想だ。

『やってもできない』

『俺にはできない』

『やる気があっても、できないものはできない』

これが現実だ。

 俺はいつの日からか、「死んだ魚の目をしているね」と、言われるようになった。

しかもその相手が、俺の初恋の人だったというのが悲しい現実だ。

外を歩いても、こちらを見るのは野良犬や野良猫ばかり。

金持ちの飼い主に買われた犬や猫たちはこちらなんか見向きもしない。

『お高く留まっていやがる』

街を散歩している動物にさえもいらだつ自分が情けなかった。

子供の無邪気な笑顔も見ているのがつらかった。

一昔前までは、俺もあんな風に笑って走って、気持ちの良い汗を流していたのだろうか。

まあ、そんなことはもうどうだってよかった。

酔った勢いでからんだ相手が悪かった。

この領域を支配するパーティだった。

詐欺や傷害そして殺人など、数えても数えきれないほどのたくさんの悪業。

そんな奴らに俺は酒に酔った勢いで目をつけられてしまったのだった。

目をつけられたら死を覚悟しろ、と、そんな奴らだったのだ。

散々いたぶられて弱ったところでとどめを刺す。

これがやつらのやり方らしい。

そんなにも苦しい殺され方をするならば、いっそのこと自らの手で…。

と考えたことは何度もあった。

でも俺には出来やしなかった。

そんな勇気を持ち合わせるほどに勇気があるわけもなかった。

いつ奴らが俺のもとへやってくるのか、恐ろしくて夜も眠れはしなかった。

そんな日々が続いてちょうど一週間。

奴らはとうとう俺の目の前に現れた。

「久しぶりだなぁ、底辺野郎」

俺を呼ぶのに一番適した呼び名だと、奴らに感心するのも束の間だった。

腹や顔、足や手を殴られ続け無様な姿をさらし続け、知らぬ間に気絶してしまっていた。

命が助かったことに感謝を込めて、久しぶりに心から安堵した。

生きることへ執着はなかったものの、死ぬことはとてつもなく怖かった。

万年ネガティブクズ野郎の俺も、生きていることのありがたさを、この一件で身に染みて感じることができた気がした。

 それにしても、ぼこぼこにされた後のはずなのに身体が快調すぎた。

今までにないくらいに身軽で爽快な気分だった。

これなら、あの極悪パーティーさえも倒せてしまえそうな気さえした。

極悪パーティとはいっても、奴らがいない限り国に平和は訪れない。

モンスターを倒したり、魔王からの攻撃を阻止するといった役職ゆえだ。

つまり奴らは、この国の勇者なのだ。

詐欺、傷害、殺人、これらの犯罪を犯しても奴らの背後には国王がいる。

従って、法によって裁かれるわけがなかったのだった。

奴らを、裁こうとする者がいれば国王の指示によってそのものは、現世から排除されるのだ。

良くて国外追放、最悪は血縁関係の破滅、つまり死。

だから俺は、気絶しているうちに運ばれたのだろうか。

目の前に広がる景色、それは知らない場所だった。

『勇者、いい趣味していやがる』

いつモンスターが現れるかも予想できないような洞窟の中。

岩を滴る冷たい水。

弱いモンスターの食い散らかされた跡。

そこはあモンスターの巣窟、ダンジョンの中だった。

「ガルルルル…」「グォォォォ」

どこからともなくダンジョンに響き渡る、モンスター達のうなり声が地響きのように伝わってきた。

このダンジョンは、運よく勇者に殺されなかった俺の墓場となりそうだ。

もうここまでか。

目前に迫る数百種類のモンスターが襲い掛かってきた、そう思った。

死を覚悟し、目をつむるもモンスター一匹でさえも俺に襲い掛かろうとはしなかった。

恐る恐るめを開け、見えた光景は、こんなちっぽけな男一人に、ただただひれ伏すモンスターたちの姿、それだけだった。









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