もう遅い

はんぺん

旅立ち

 俺は女神の加護により、魔王を討伐出来るたった一人の人間、勇者の使命を受けた。そしてまずは魔王に対抗するための情報を城下町で探っていると、他の冒険者に声をかけられたのだった。

「おいおい、こんな弱っちい男が勇者だってか?冗談じゃねえよ」

煽るような口調で、嘲笑うかのような目で、俺を見つめてきたあの冒険者は忘れられない。俺は場所を忘れ冒険者に襲いかかった。実力を見せつけたかったのだ。


 しかし結果は惨敗だった。手も足も出ず一方的にやられ、惨めな姿を大人数に見られ、俺は恥ずかしい以上に悔しかった。いつか必ずあいつを見返してやる。そう思い立ち俺は山で修行をする事にした。出る魔物は決して強くは無かったが、時を重ねるにつれだんだんと魔物も強くなっていき、俺は更なる高みへ昇っていくことが出来たのだ。


 そして長い年月が流れ、俺はすっかりこの森で生活することに慣れていた。そろそろ頃合いだろうか?俺は女神の湖に行き、己の強さを確認しに行った。女神は俺にこう囁いた。

「…貴方はもうこれ以上強くなることはないでしょう。魔王をいち早く討伐しに行ってくれる事を、楽しみにしています」

…ようやくだ。ようやく俺は最強になれたのだ。はやく下山しよう。魔王を倒し…いや、その前にあいつらを見返してやるのだ。話はそれからだ。


 どこか街の様子が変だ。今日は珍しく人々で賑わっていない。俺がただひたすら歩いていると、忘れもしないあの憎たらしい姿が目に入った。しめた。早速喧嘩を売りに行こう。あの冒険者の目の前に立ち塞がり、俺はこう宣言した。

「俺は長い修行の末、強くなった。さあ、もう一度かかってこい!」

あくまで俺が強者だと、言い聞かすように言った。冒険者は下をうつむき、拳を握っている。俺が何もしてこないのかと油断した瞬間。本気で俺を殴って来た。鍛えているから倒れはしなかったが、痛みが長引く。あいつの顔は、泣いていた。

「馬鹿野郎!」

そして憎むように言い放った。怒りと悲しみを混ぜたその言葉は、余りにも俺に効きすぎた。そして止めを差すように、また奴は口を開き、俺に吐き捨てるように言った。

「お前が魔王を倒さねえから、魔王の配下すらも目に付けねえから、魔王の力は日に日に強くなってったんだ。分かるか?…皆死んじまったよ。よほど強い冒険者か、俺みたいな弱っちいビビりの冒険者以外はな…皆魔王に蹴散らされた。皆散っていったんだ」

何をいってるんだ。こいつは。

「信じられない。信じない。こんなの冗談だ、そうだろ?」

「…冗談じゃねえよ。皆が…どれ程、苦しんだと思ってやがる…!今のお前がどれ程強くても、今さら何を守るんだよ。国も、民も、何もかも荒廃した世の中で、お前は何を守る?」

嘘だ。嘘だ。

「お前は、遅い。もう遅いんだ。世界の平和なんて、掲げる時代じゃない。今はただ、死に行く事しか、道はないんだ…」

魔王の配下が来た。辺りは火の海。家は崩れ、やがて燃え移る。もう、人の声は聞こえない。こんな姿を、俺はただ呆然と見るしかなかった。



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もう遅い はんぺん @nerimono_2

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