夢であればどんなに良かったことか


 パチリと目が覚めるのは、やっぱりドナーズ家のお屋敷に居た頃の起床時刻。

 目覚めは悪く、人生で初めて体験する柔らかな寝台から起き上がり、私は現実を受け止めきれずに溜息を吐く。


「……夢じゃないんですね……」


 美しい調度品に囲まれた来賓室。

 場違いすぎて、熟睡なんてできるはずもなく。

 私は重たい頭を抱えました。




 昨日、ハルドさんにこの国の姫君であらせられるオルガ様の専属メイドの仕事を斡旋されました。

 衣食住込み、高給金。

 これだけ聞けば喜んで挙手する人もいるでしょう。


 ですが世の中は甘くない。


 良い条件には、それなりの危険もあるものです。

 この場合の危険というのは、生命の危機、機密情報を扱う仕事だったりします。

 あろうことか、昨日ハルドさんを狙ったロメド国の方を警戒して行動した私を何故かハルドさんが評価して下さって今に至りますが……


 正直、何でそうなったのかよく分からない。


 言語が出来ると都合が良いのでしょうか。

 ああでも、それなら探せば何処にでもいると思います。特に貴族階級の令嬢は異国語を話せることは、特に上位貴族の令嬢が嗜んでいる知識の一つです。

 テーランド王国は隣接して別国に挟まれているため、交易を盛んに行って自らの防衛をしてきた国。そのため東のロメド国、アゼンバイルド公国の言語は教わることが多い。

 

 そういえばドナーズ家のミラルダお嬢様は他国の言語を覚えなくてもお嫁に行けると豪語していましたね。勉強していると良いのですが。


 考えが逸れてしまった。

 とにかく、王族の専属メイドともなれば絶対に引くて数多なのに……どうして私なのだろう。


 ふと、部屋をノックする音が聞こえました。

 

「おはようございます。お支度の準備に参りました」


 どうやら迎賓館に支えているメイドの方のようです。それにしてもいつの間にそんなに時間が経っていたのだろう。考え事をしていたらあっという間に朝食時間になっていた。


 私はメイドの方から宿に置いてきた荷物を受け取ってから身支度を始めました。

 ちなみに、メイドの方がお世話をして下さいそうでしたので丁重にお断りしました。

 お世話することには慣れていますが、されることには慣れていないので。





「おはよう」

「……おはようございます」


 先日話し合いをした場所とは違う食堂に案内されると、既にハルドさんが朝食を召し上がっていた。

 私を見るや笑顔で立ち上がり、わざわざ席までエスコートして下さった。

 今日は眼鏡をしていないので、相変わらず宝石のように美しい青色の瞳が見えている。


「どうしたの?」

「いえ……何だか恐縮してしまいますね」

「はははっ。昨日も言ったでしょう? いつも通りにしてよ」


 昨日。

 ハルドさんが王族に縁のある方だと知って。

 何故かこの国のお姫様の専属メイドにならないかと誘われた日。

 私は即座にその場でハルドさんに頭を下げた。


「今までの不貞、申し訳ございません」


 ハルドさんは私がそのような態度をすることを想定していたのでしょう。

 私の手を取ると「許します」と告げた。

 これは、王族による家臣への礼儀作法の一つだったはず。失敗した家臣の行為を許す時の作法。


「そもそも僕が身分を隠していたんだからマリアさんが謝罪する必要もないんだよ」

「そうはいきませんよ」


 まあ、内心はそう思ってますけど。

 眼鏡でお顔を隠していないハルドさんは私よりも歳下の男性だということが分かる。

 目鼻立ちがくっきりとした綺麗なお顔をしています。


「本題に戻るけれど、オルガ姫には今安心できるメイドがいないんだ。今、隣国間の問題が起きそうな中で、誰が味方かも分からない状態でね」

「はあ……」

「そこに洞察力の優れて他国の言語も分かって信頼できるメイドが欲しいって思ってたんだよな〜」

「ハルド様……」

「あ、そこは前と一緒でさん付けのままにしてくれる? 外で様づけで呼ばれると困るから」


 それもそうか。


「かしこまりました、ハルドさん」

「物分かりがすんなりしてて、本当にマリアさんっていいなぁ」


 うーん。

 この方、初対面の時から思っていたのですが本当に警戒させない方だと思う。

 明るい性格で人を警戒させない表情を作ることがとても上手い。


「断りたくなるのも分かってる。こちらも強制はなるべくしたくないんだけれど、申し訳ないけど時間がないんだ」

「時間ですか」

「そう。オルガ姫は間もなく十七歳になる。降嫁先を選択しなければいけない時期で、特に隣国とのやりとりが過密になってくる。そんな時期に安心できる存在が彼女の側にいて欲しい」

「それが私だと」


 過大評価しすぎではないでしょうか。


「そう。今の国家を牛耳るような家臣の縁戚でもない教養あるメイド。それでいて平民ではなく伯爵位の身分もある」

「剥奪されてますけど」

「大丈夫。そこはどうにでもできる」


 出来るんですか。


「姫の降嫁先が決まって、国家間のいざこざが落ち着いたら辞めてもらっても全然構わないよ。終わった後は紹介状を書いてもいいし」

「…………いついざこざが終わるのでしょうかね」

「オスカー王子が即位する時だから、あと二年には落ち着くんじゃないかな」


 現国王は健在ではいらっしゃいますが、世間でもオスカー王子が十八歳の成人の儀の折には引退し王位をオスカー殿下に譲ると言われている。

 その後、王太子殿下との引き継ぎが落ち着いた後、隠居するのではと噂されていることは知っていますが。どうやら噂は事実なのかもしれない。


「ね? あと二年だけ。オルガ姫に仕えて貰えないかな?」

「……………………」


 私は考えて、考えた結果。

 溜息を吐いた。


 多分、これは決定事項だ。

 私はどうやら厄介な相手とお知り合いになってしまったようです。

 ハルドさんを恨みがましく睨んでみましたが。

 相変わらず笑顔で返されます。

 その笑顔は武器ですね。


「……分かりました。まずは、オルガ姫様に謁見願います。お仕えさせて頂く方より許可を頂けるようであれば、そのお話お受けします」


 ああどうか。

 不審人物として私を断ってくださいね。

 オルガ姫様……


 

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