クビになったメイドはお姫様(♂)の専属メイドになりました

あかこ

メイドをクビになりました


 ある日、私はお仕えしているミラルダお嬢様に呼ばれました。


「マリア。貴方、呼ばれた理由は分かってるわよね?」

「いいえ、存じ上げませんが」


 全く理由が思いつきませんけれど。

 ミラルダお嬢様からは嫌われていると思っていましたので、こうして呼び出されたことも珍しいなぁと。

 

 突然、私の真横にぬいぐるみが飛んできた。

 どうもお嬢様が近くにあったぬいぐるみを投げたみたいですね。

 あのぬいぐるみは確か、ミラルダお嬢様がご友人が持っていたのを羨ましがって奪い……いえ、お借りしたままのぬいぐるみだったと思います。

 人様の物を投げつけるのはどうかと思いますが、ここは場の空気を読んで黙っています。


「この泥棒女! 私のドレスを盗んだでしょう!」

「…………お嬢様のドレスを?」

「そうよ! 貴方の部屋に私が買ったばかりのお気に入りのドレスがあるってエラが言ってたんだから!」


 エラ、というのはミラルダお嬢様がお気に入りにしている使用人の名前ですね。ふと視線に気付いてお嬢様の後ろ隣を見てみれば使用人が笑っている。

 どうやら彼女達の中にエラという女性がいるらしい。


「前から胡散臭いと思ってたけれど、どうやら正体を表したわね。貴方はクビよ。さっさとここを出ていって頂戴」

「そうよそうよ」

「お高くとまっちゃって」

「ミラルダ様には相応しくないのよ」


 囁くように喋っているけれど、明らかに聞こえるようわざと話している使用人とミラルダ様の様子から、私は大体の事情を察しました。


「……お嬢様。この事を旦那様はご存知で?」

「お父様? 知るわけないじゃない。お父様を煩わせたくないわ。私が内々に片付けておいてあげる。さあ、出ていって!」


 髪を激しく振り上げて怒鳴るものだから、お嬢様の髪が乱れている。

 嗚呼。いつも落ち着いた立ち振る舞いをなさってと教えていたのに。

 私はメイドではあるけれど旦那様にミラルダお嬢様の家庭教師のような仕事も請け負っておりましたが、どうやらお力に添えられなかったようです。

 仕方ない……

 次にきっと来て下さるであろうお嬢様の家庭教師に教えて頂いて下さいね。


「かしこまりました。今までお世話になりました」


 私は三年ほどお勤めした事への感謝を告げれば、どうやらお気に召したようで笑い声が聞こえてくる。

 

「辞めさせないでって言わないの?」

「言われたって無理ですもの」


 頭を上げて退室しても良いかタイミングを窺う。皆様の様子を見る限り、どうやらもう出ていっても問題なさそうですね。

 私は後ろを向いて扉に進むものの、ふと途中で振り返りお嬢様の名前をお呼びした。


「お嬢様のドレスを盗んだ犯人を本当に私だと思っていらっしゃるのでしたら、一つだけ訂正させて頂いてもよろしいでしょうか」

「何よ」


 お嬢様の反応から、どうやら本当に私が犯人だと思っているらしい。

 これはこれでお嬢様が心配になるけれど……クビになった身としてはこれ以上のお節介は無用。


「もし、私が本当に窃盗をするならお嬢様の宝飾品に手を出します。わざわざサイズの限られた、オーダーメイドのドレスを盗んではすぐにバレてしまいますでしょう?」

「え?」

「それにドレスを盗む理由がありません。サイズが違いすぎて着れませんし」


 私は今年で二十一歳になる。

 十五歳になったばかりのお嬢様のドレスはその……フリルやリボンが多すぎて目に毒です。

 正直、仕立て屋のお世辞に見事乗っかったお嬢様の派手なドレスは嵩張る上に私は絶対着ない。

 だから、盗むという前提があり得ない。


「売るにしてもオーダーメイドですぐにお嬢様の物だと分かりますし、持ち運ぶのであれば宝石の方がよろしいかと」

「そう……言われてみれば」

「仮に盗んだとして……どうしてエラさんはそれをご存知なのでしょう?」


 私はお嬢様の後ろに立っている使用人を見た。動揺した様子を見せた女性が恐らくエラなのでしょう。


「そ、それは! 貴方の部屋にドレスが置いてあったから……!」

「それこそが不自然ではありませんか? 盗んだ物を自室で堂々と置きっぱなしにするって……間抜けすぎじゃありません?」

「そ……んなこと……」


 エラがフルフルと震えている様子を見ていると、何だか苛めているように見えてしまうのでこれ以上はやめておきましょう。


「最後に。お嬢様?」

「なっ何よ」

「ドレス以外にも他の物が盗まれていないかも確認してくださいませ。宝飾品一つ盗まれていないのかを。ドレスだけを盗むなんて間抜けな泥棒がいるのなら無事かもしれません。仮に私が犯人であれば、きっと部屋に隠しているでしょう。さっきの話ですと私の部屋はお調べになったのでしょう?」

「ええ……」

「宝石類はございました?」

「無かったわ……」


 ミラルダお嬢様が答える。どうやらちゃんと調べて下さったようで安心した。


「それでは、ドレス以外に私は盗んでいないようですね。安心しました」


 あら?

 エラという女性の顔色が青空のような色になってしまいました。

 倒れてしまいそうなお気に入りの使用人の様子を、お嬢様にお伝えすべきか悩んだけれどやめておいた。

 だって私はクビになったのですから。


「それではお嬢様。失礼致します」


 私は最大限の敬意を込めてお辞儀をしてから、お嬢様の部屋を出て行きました。

 歩む廊下の中で荷造りのスケジュールを立てながら。







ーーーーーーーーーーーーーーー



「何てことをしてくれたんだ! ミラルダ!」


 いつもは甘やかしてくれるお父様が初めて私を怒鳴ってきた。

 あまりの大きな声に驚いて体が震える。

 

「だ……だって!」


 だってアイツは、マリアは泥棒なのよ!?

 私のドレスを盗んだのよ、多分……!


 そう言ったけれどお父様は聞いて下さらなかった。

 男爵としてのお仕事が忙しいお父様は、私に怒ることなんてないのに。

 どうして私がアイツをクビにしたことを怒られなきゃいけないの!?


「お前はマリアがどれだけ優秀か知らないのか!? 何のためにお前に家庭教師の仕事もさせたかも分からんのか!」

「あんな、難しいことばっか言って偉そうに教える女のことなんか……」

「馬鹿もん!」


 さっきより大きな声で怒鳴られて、私は涙が溢れてきた。

 お父様は私よりマリアの方が大事だっていうの!?

 そう、口に出そうと思ったけれど。


「マリアはな、私の仕事の手伝いもしていたんだぞ!? メイドとしての仕事以外にも他国の翻訳を任せていたんだ! マリアがいなくなったことで我が家は大損害だ!」

「は?」

「他国の翻訳を外部に依頼するのに幾ら掛かると思っとるんだ! ドレスが盗まれた? そんなの、翻訳家を雇う金に比べれば何枚でも買い足せるんだぞ!」


 し、し、し、知らない!

 マリアがそんな仕事をしていたなんて知らない!

 確かにマリアは家庭教師の仕事をしてくれている時に外国語の大事さは教えてくれてたけど、どうせ貴族の方と結婚する私には必要ないから……!


「ああ、どうにかして戻ってきてくれんか……! マリア…………!」


 お父様が嘆く姿を眺めながら、私とエラは震えていた。

 



 それから数日。

 屋敷の執事に私の宝石の数を確認して貰ったらエラの言う通り数が合わなくて。

 抜き打ちで使用人の部屋を確認したら……エラが売った痕跡を見つけて。


 マリアが出ていった後を追うようにエラも出ていったけれど。

 暗雲とした私のお屋敷はそれどころじゃなくなった。


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