主よ、人の望みの悲しみよ
ジュン
第1話
相田は考えた。
「人間の悲しみとはなにか?」
相田は思う。
「それは、人は『望み』のなかに悲しみを見つけてしまうことさ」
「それってどういうことかしら?」
木下さんはきく。
「人は、人の出会いのなかに希望を見いだすわけだろう?だけれど、この希望、つまり『望み』というものは、なにか悲しみを漂わせているものだよ」
相田はそう答えた。
「愛しあうということも、やがては馴れきった末路や、喪失の悲しみに向かっていくと?」
木下さんはそう尋ねた。
「へんに感傷的になりたくもないし、ナルシシズムの亜種としての厭世主義なんてものに賛同するのも嫌だ。が……」
相田はそう答えた。
「人間にとって、希望とは悲しみを懐古するなかで見つけるものだ。赤ん坊が産まれるとき、出生の喜びと共に、母親から引き離される悲しみを同時に体験するのだから」
相田は続けてそう言った。
「『望み』を託されて生まれた赤ん坊は、子宮という棲み家を失って、痛みというものを経験すると?」
木下さんはそう尋ねた。
「その『痛み』が人を覚醒させ、孤独というものを感じるようになる。その『孤独』は、産まれてすぐの赤ん坊の時の周囲の『祝福』をも呼び起こすから、人は、孤独とはなにか『喜びにも似た悲しみ』のように感じられるのだろう」
相田はそう答えた。
「喜びと悲しみって対義語じゃないのね」
木下さんはそう言った。
「類義語なんだよ」
相田はそう答えた。
主よ、人の望みの悲しみよ ジュン @mizukubo
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