カウンセリング

@_VIVI_

カウンセリング01

今年三十にもなった男……志摩はマゾヒストである。

プライドも理性も無駄にあるせいで他人に悟られるようにこの十数年間過ごしていたが一度目覚めてしまった歪んだ性癖は再び封をすることなど出来はしなかった。

大事な書類のように蜜蝋で蓋をしてしまいたい。そう考えたとして連想でプレイ用の蝋の熱を想像して身悶えするくらいには性欲も持て余していた。


今日は金曜日。平日に自らを弄っては寸止めにすることを繰り返した身体から情けなく精液を漏らしたあとに出るものがなくなるまで大人の玩具で嬲ろう。

人間としての尊厳がなくなるほど食事も睡眠も身体を清めることも忘れて土曜の昼まで乱れて眠り、喉も身体もボロボロになって日曜を過ごそう。

そんな欲で頭をいっぱいにすれば熱っぽく疼く身体も軽くなる。

仕事も今日終わらせるべきだったものはすぐに終わりあとは部下の世話を焼くくらいになってしまった。

礼を言う部下たちの飲みの誘いを「上司がいては楽しめないだろう?」と遠慮するように断り退社を促し見送る。

貞操帯に押し込んだものが張り詰め痛みと甘い痺れをもたらすのをどうにかおさめてやっとまともに長い時間歩く決心がつく頃には外の雨は雷雨に変わっていた。


土砂降りの雨の中、張り付いたワイシャツの下で勃起した乳首に気づかれて、軽蔑や欲のこもった視線を浴びせられたらなんて考えて苦笑する。

せっかくおさめた熱を再び灯してどうするつもりなんだろうか。いっそ雨に濡れて頭を冷やしたほうがいいいかもしれない。

仕事場のフロアからスカイロビーのフロアにエレベーターで移動した後、シャトルエレベーターに乗り換える。

一階まで大人数を一気に運ぶそれはいつもなら人が多いのに珍しく人が居なかった。

乗り込むと慌ててこちらに向かってきた若者に気づいて開くのボタンを押す。

入ってきた若者……今日の説明会の参加者だろうか?真新しい鞣されていないスーツに着られてベビーフェイスと相まって子供らしさを醸していた。

軽く目礼したのに返して階数表示を見ているといきなりその表示が消えた。

それどころか照明が落ち、急速にエレベーターの動作も停止する。

ぐらりと若者の身体が傾き慌てて受け止めようとしてヘマをした。

変に捻れた腕で受け止め鋭い痛みが走る。

彼が体勢を立て直したことを視界の端で捉えて腕を抜くと響く鈍痛に忘れかけていた悦を思い出す。

腕の痛みと戒められた性器の痛みとで軽い絶頂を迎えられそうになり自分のはしたなさに顔を覆う。

ありがとうございますとはにかんだ彼にぎこちなく微笑み返して無事な方の手で口元を押さえる。

そうでもしなければこれ以上の刺激があったらはしたない声をもらしてしまいそうだった。

勝手に自らを痛めつけ悦がる見知らぬ男とか気色悪いことこの上ないだろう。

初対面の人間にこんな変態的な性癖に付き合わせてしまうなんて酷く浅ましい。

自らを叱咤すればするだけ熱に変わることに表情は曇る。

「大丈夫ですか?」

幼さの残る可愛らしい顔に覗き込まれる。

こちらの状態など全く知らない純粋な瞳に射抜かれ喉が引き攣り奇っ怪な音を立てる。

「大丈夫ですよ。ここで閉じ込められることはありません。電力が復旧し次第ちゃんと出れますからね」

優しく微笑まれて手を伸ばされ、温かな胸と腕に捕らわれる。

「知り合いに高いところが苦手な奴が居たんですけどこうすれば安心できたみたいなんですけど……どうですか?」

柔らかく頭を撫ぜる手。その温もりがじわりじわりと理性を溶かす。

このやさしい手に暴力的な欲を叩きつけられたい。

欲を発散するためだけの淫具として口を使われ窒息するほど容赦なく奥まで突っ込まれ逃げられないように頭を固定されたい。

浅く感覚の短くなる呼吸に勘違いは深まりより強く抱きしめられ息苦しくなる。

昔の雄の思い出が頭をよぎり息もできないほど強くシーツに押し付けられたときの快感を肉体が思い出す。

いつの間にかついている薄暗い非常電灯が通常の明かりに変わったとき、この情塗れの顔を彼が知ってしまったら……。

震える背を宥めるように触れる手さえ甘い毒となる。

いきなりの大きな揺れと共に明るい電灯が灯り一瞬強くなった抱擁。

その痛みと苦しさが引き金となって身体を震わせながら軽く絶頂を迎えた。

殺しそこねた呻きがエレベーターの作動音しかしない空間に反響する。

「動きましたね」と温かな声音が耳に流し込まれ、離れていく体温に縋り付いてしまうのを奥歯を噛みしめることで誤魔化すが思わず欲に塗れた発情した雌のような目を向けてしまう。

それが気遣うような視線と絡み、認識されてしまう。

どちらのかもわからない生唾を飲む音。

彼の喉仏が上下するのが見えて雄の気配を知ってしまう。

血の上った顔を背ければなぜか慌てたように謝罪の言葉を重ねられる。

階に着いたことを知らせるアナウンスが救いのように聞こえた。


開いたドアの隙間から抜け出し、足早に手洗いの個室に引きこもる。

下着の中を覗けば貞操帯の間から漏れたいやらしい汁でズボンに染みていないのが不思議なほど汚れていた。

便座に腰掛けそれを拭って熱い息を吐き出せばいくらか落ち着く。

見知らぬ男……しかも自分よりもずっと若い男の善意で発情したなんて……。

ここまでの限界まで溜めるのは今後控えようと思う反面、そんな無様さを晒した快感にあの快感をもう一度味わいたいと願ってしまった。

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