第6話 人によって大事なものは違う

 俺は女の子がオークに追われて逃げてきた道を歩きながらリボンを探す。

 女の子の話では、どうやらオークに1キロくらい追いかけられたようだ。

 そして厄介なことにその道が平原だったら見つけやすかったが、オークを撒くために所々林に入っていたらしい。

 そういえば最初に出会った時も林の中だったな。


「ない⋯⋯ないです」


 女の子がオークに襲われた場所まで戻ってきたが、リボンを見つけることができなかった。


「どこだろう⋯⋯何で見つからないの!」


 女の子はリボンが見つからなくて憔悴しきっている。


「たぶん林の中で無くしたんじゃないかな」

「そうだね。平原なら何もないからすぐに見つかりそうだもんね」


 俺達はまた来た道を戻り、今度は林の中を中心にリボンを探すことにする。


 さっきは上からざっと確認しただけだったが今度は草の根を掻き分けて探してみよう。

 俺は膝を地面につけて、体勢を低くして探す。



 そして女の子と初めに会った場所まで近づいてきた頃


 ないな。

 リボンどころか、何か物がある落ちている感じがまるでしない。

 もしかしたら平原で落として、そのまま誰かに持ちだされてしまったのか? いやまだ結論を出すのは早い。せめて林を探し終わってから考えよう。


 俺達は無言で黙々とリボンを探す。


 女の子は一心不乱にリボンを探しているため、手が切れて血が出ていることに気づいていない。


 ああ⋯⋯せっかく綺麗な手が。後でポーションを渡して治療しよう。

 そこまで大事な物なんだな。必ず見つけてあげたい。


「あの⋯⋯」


 俺が草の根を掻き分けてリボンを探しているときに、女の子から声をかけられる。


「本当にごめんね。私が無くしたばっかりに⋯⋯」


 女の子は頭を下げて俺に謝罪をしてくる。


「もういいです。そんなに高いものじゃないから諦めるよ」


 だがそう言った彼女の表情は、悲しみで涙に濡れていた。


 そんな顔をされたら⋯⋯益々見つけて上げたくなる。


「安物かもしれないけど大事な物なんだろ? 俺は誰かにもらった大切な物なんてないからうらやましいよ」


 彼女の1人でもいたらそういう物をもらったりするのだろうが、俺には恋人がいたことなんて1度もないからな。

 あっ⋯⋯何だか自分で言っていて悲しくなってきた。


「だから諦めずに探そうぜ」

「⋯⋯うん! ありがとう」


 女の子は返事をすると涙を拭い微笑む。


 うん、良い笑顔だ。やっぱり可愛い娘には笑っていてほしいからね。

 だけど何とかリボンを見つけて上げたいけどこのまま手がかりもなしに探しても発見することができないかもしれない。


「オークに追われている時に何か⋯⋯頭を木にぶつけたりとかしなかった?」


 その拍子に落としたということも十分に考えられるため、俺は念のために聞いてみた。


「頭は⋯⋯ぶつけてないです」

「そっか」


 何か手がかりがあればと思ったけどそう上手くはいかないか。


「でも⋯⋯オークに追いかけられた時、途中で転んだ」

「それはどのへんで?」

「こっち⋯⋯ここからすぐ近くの所!」


 俺は走り出した女の子の後を追いかけると枯れ葉が多く散らばっている場所に辿り着く。


「逃げてる時、落ち葉に足を取られちゃったんだよね」


 確かにオークに追われて焦ってる時にここを走ると転んでしまいそうだ。


「よし! この辺りを探そう」

「うん!」


 俺と女の子は2手に分かれて地面に散らばっている落ち葉を掻き分けていく。


 頼む! 見つかってくれ!


 俺は、いや俺達は祈る気持ちで落ち葉をどかしていく。

 すると手に何か布のような感触が伝わってきた。


 これは?


 俺は落ち葉を丁寧に分けていくとピンクのリボンが出てきた。


「あっ⁉️ これ⁉️」


 女の子はこちらに視線を向けていたようで、リボンを見て駆け寄ってくる。


「あったぁ⋯⋯ありがとう」


 俺はリボンを手渡すと女の子は両手で受け取り、大事そうに抱きしめる。


 見つかってよかった。

 女の子がリボンを大切そうにしてる様子を目にして、見つけることができて良かったと強く思う。


「本当にありがとう。あなたがいなかったら私、オークに殺されていたし、リボンも見つけることが出来なかったよ」


 何だか照れるな。

 可愛い女の子が真っ直ぐと俺の目を見て話してくるため、恥ずかしくて顔を背けてしまう。


「リボン⋯⋯見つかって良かったな」

「うん!」


 女の子が満面の笑みを浮かべた姿を見て俺はドキッとする。


 さっき見せてくれた笑顔も素敵だったけど今の笑顔はもっと素敵だ。


「それで君はこれからどうするの?」


 俺は何だか恥ずかしくなって、話題を変えてしまう。


「今日はアストルムの街にいる親戚の所に泊まる予定だけど⋯⋯もし良かったら一緒に街まで連れていってくれないかな」


 またオークに襲われる⋯⋯そんな可能性が女の子の頭に過ったのかもしれない。

 まあ今日は特に⋯⋯。


「あっ!」

「えっ? どうしたの?」

「いや、何でもない」


 やばい! 今何時だ⁉️

 俺はシステムと念じて立体的な画像に表示されている時間を見ると13時5分だった。

 エリカさんとの待ち合わせの時間を過ぎてるじゃないか!


「もし何か用事があるなら転移の翼で戻ってもいいよ」


 転移の翼は一般的に広く普及しているアイテムで、1度行ったことがある場所なら瞬時に移動することが可能だ。

 ただ何処にでも移動出来るわけではなくて、主に街や天へと続く島の階層ポイントにしか行くことはできない。


 この女の子はわざわざ歩いて旅をしていたから、アストルムに転移することができないのだろう。

 もし俺が転移の翼でアストルムに戻ってしまったらこの娘は1人になってしまう。


「いや、今転移の翼を持ってなくてさ。それに特に急いでいる用事じゃないから一緒に歩いてアストルムに行こう」


 女の子は俺に街まで連れていって欲しいと言った時、微かに震えていたし

 さすがにここに1人で置いていくことはできない。


「そうなんだ⋯⋯じゃあ街まで案内してもらってもいいかな」

「いいよ」

「それと⋯⋯ごめんね」

「ん? 別に謝ることはないぞ。俺も街に戻ろうと思っていたし」

「そのことじゃないけど⋯⋯ううん、何でもない」


 う~ん⋯⋯さっきエリカさんとのデートを思い出した時に声を上げてしまったから、本当は俺に用事があることがバレてしまっているのかもしれない。

 けど今さら用事がありますなんて言えないし言うつもりないから、なるべく早くこの娘をアストルムに送ってエリカさんの所へと向かうことにしよう。


「それじゃあ街へ行こうか」

「うん」


 こうして俺は女の子を連れて気持ち早歩きでアストルムの街へと向かった。


「あの⋯⋯今さらですけど名前を教えてもらえますか? 私はノエル、可愛らしくノエルンって呼んでもいいですよ」

「俺はトウヤ⋯⋯それじゃあノエルンって呼ぶことにするわ」

「ほほぉ⋯⋯中々やりますね。初対面でそっちの呼び方を選ぶなんて」


 いや、今のはボケてほしいのかと思ってノエルンを選んだだけだ。

 けど面白そうだからこのままノエルンで行こう。


 その後街に着く10分くらいの時間だが、ノエルンと歩きながら話をした。

 先程も言葉にしていたが妹と弟がいるようで、見つけたリボンはその妹弟に誕生日プレゼントでもらったものだった。


「最近上の妹⋯⋯ニナがませてきて、お姉ちゃんも早く彼氏作ればなんて言ってきて――」


 ノエルンは家族の話をする時は凄く嬉しそうに喋るな。このことからノエルンが家族を大切にしていることがよくわかる。


「俺も2つ年下の妹がいるけど兄をバカ兄貴呼ばわりするから、そのニナちゃんのような可愛さは全くないけどな」

「まあ年頃の子だとね⋯⋯色々素直になるのが恥ずかしいのよ。たぶん内心ではお兄ちゃんのこと想っているよ」


 お兄ちゃん⋯⋯なんて素直になったセレナ⋯⋯それはそれで気持ち悪いな。


「だってこんなに素敵なんだもん」


 ノエルは小声でボソッと呟く。


「ん? 今何か言った?」

「ううん何も⋯⋯それよりアストルムの街に着いたね」


 ノエルンの言うとおり、俺達はアストルムの東門へと辿り着いた。


 ここまで来れば大丈夫かな?


「じゃあここで大丈夫」

「いいのか? 初めての街だろ?」

「これ以上お世話になるのも悪いし⋯⋯本当は何か用事があったんでしょ?」


 バレてるよ。俺はあまりボーカーフェイスが得意じゃないからな。


「後は大丈夫だから行って」


 今さら別に用事なんかないよって言ってもカッコ悪いだけだからな。ここはノエルンの言うことに従ってエリカさんの所に行くか。


「わかった。それじゃあ」

「トウヤくん本当にありがとう」


 俺はノエルンに見送られながら急ぎ街の中央にある噴水広場へと向かった。



「はあはあ」


 俺はエリカさんが待っている噴水広場まで全速力で走ったため、身体中から汗が吹き出ており、そして息が切れて呼吸が乱れていた。

 時間は13時40分。もうエリカさんは帰ってしまったかもしれない。


 おそらくサラが一緒にいるはずだから⋯⋯しかし辺りを見回してもサラの姿はない。


「あっ⁉️」


 サラを探しているときに薄い水色のワンピースを着ている黄色のロングの髪をした可愛い娘が目に入った。

 その子の容姿が周囲で際立っており、男女問わず通り行く人が皆視線を向けている。


 いかんいかん。今はそんなことよりサラを探さないと。

 しかし俺の思いとは裏腹に女の子は俺と視線が合うと怒った表情をしながらズカズカとこちらに近づいてきた。


「トウヤさんですか?」

「え? ああ」


 突然話しかけられて俺はビックリする。

 こんな可愛い娘に知り合いなんていたか? 容姿だけならサラレベルだな。


「あなた⋯⋯最低です!」


 突如俺は女の子に公衆の面前で最低呼ばわりをされた。

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