take2改稿

Lv0.少年エタルと白猫シュレディ



 12歳の少年エタル・ヴリザードが手元で発生させた小型魔法陣から剣を引き抜いた。黒い剣身に金属的な光が反射する傘ほどの長さの剣を構えて、目の前にいる緑色のトロールを見上げると目を据える。


「来るよ。エタル」

「ああ」


肩に乗った白い仔猫のシュレディの言葉に頷いて、禿げ頭のトロールが振り下ろした人間の三倍はある太さの棍棒を剣で難なく弾き飛ばし、青いマントを翻す。すぐに左右からトロールの棍棒による瞬発的な反撃が交互に繰り出されたが全て無動作で打ち落とすと、同時に肩へ入れた剣の一撃によってトロールを地面に跪かひざまづせた。


「ぅグッ!」

「……」


 膝をついたトロールの巨体が落着すると周囲に砂煙の波紋を広げる。場所は町の大通りの真ん中。

 魔術師の少年。フード付きの青いマント。どこでも買える市販の服を着ただけの軽装の少年が握るたった一振りの剣が、10メートル以上身長を誇る大型モンスターのトロールの姿勢を大きく突き崩していた。


「……なんでそこまでの力がありながら、この町にイル?」


 片膝を付いた筋骨隆々の巨人トロールがエタルに向けて言う。毛皮の腰巻をした上半身裸のトロールは膝をついてもまだ二階分の建物の身長がある。エタルはそれにも答えず剣を横に向けた。


「喋らないのカ」


 膝をついて屈んだまま語り掛けてくるトロールをエタルは無視した。

戦闘という行為に言葉は不要だとエタルは思っている。会話をするぐらいなら武器を取り戦闘を続行させる。それが戦闘中のエタルが信条にしている唯一無二の意思疎通手段だった。


「くソッ」


 微動だにしない12歳の少年を見てトロールは立ち上がった。当然だった。エタルは剣撃によって衝撃を与えはしたが立ち上がれないほど構造的な損傷も負わせていない。全身を走る痛覚さえ耐え抜けば立ち上がるのは容易だった。


「なぜだ。なぜ殺さなイッ」


 立ち上がったトロールが雄たけびをあげると、間髪入れずにエタルは左右から斬撃を放って敵の太い両脚に打撃を与えた。姿勢をまったく変えないまま放たれたエタルの両側からの攻撃にトロールは脚に衝撃と激痛を受けると、またもや砂煙を上げて地面に両膝をついた。


「ぐ、ぐォッ」


 何が起こったのか分からないトロールの顔を、エタルは澄まして見た。

 力の差は歴然としていた。三階建ての建物ほども身長がある巨体のトロールを、12歳の子供である小さな少年がもてあそんでいる。


「お、おまエッ」


 隙だらけなトロールが睨んできたこの瞬間にもエタルは12回の斬撃を振り下ろすことができた。それでこのトロールの命運は尽きるだろう。今もトロールの呼吸の度にエタルはその三倍の速度で剣撃を放つことができる。先程両膝をついた時からここまでの時間に目の前の巨人の魔物は一体何回死んでいるのか? そんなことも分からないトロールがまたゆっくりと立ち上がった。

 すでにその姿から目を外していたエタルは、この僅かな間にも1200回ほどもトロールを地面に打ち据える事ができる。それをしなかったのはエタルが『討伐ころし』を嫌いだったからだ。例え町を襲ってきたモンスターといえど、殺さないで済むなら殺さずに対処をしたい。それをエタルは実行しているだけだった。


「オレを殺さないと後悔するゾ」


 顔を歪めて痛みに耐える腰巻だけのトロールがガクガクと震える両脚で立ち上がりながら恨み節を放っている間に、エタルは一秒間に五回ほどトロールを弾き飛ばす事が可能だった。それでも一秒間に五回も剣を振るのは面倒なので消そうと思えばこの瞬間にも視線だけでできる。


「なんでそんな舐めプレイしてるの?」


 肩に乗った白い仔猫のシュレディが聞いてきた。


「誰のせいだと思ってるんだ」

「え? ボクのせいじゃないよね」

「この状況になったのは確かにお前のせいじゃない」


 目の前のトロールがこの町オワリーを襲ってきた事実は間違っても肩に乗っている子猫のシュレディの所為ではない。この世界ではモンスターが町を襲うのは日常的な事であり、それ自体は特に気にする事でもない。町や村や王国はそれを防ぐ為に騎士団などを組織しており、魔物モンスターの襲撃時には、即座に市民が逃げ、駆け付けた騎士団が魔物を追い払うまでがいつもの行程表テンプレートである。


「このトロールを倒せば簡単に地位と名誉と報酬が貰えるよ」

「そんなものが欲しいわけじゃない」

「じゃあ何が欲しいのさ?」

「それはもう手に入れた」


 この肩に乗る子猫によってエタルは絶大な力を得た。エタルにしか制御できない世界で唯一つの最高で最強の力を。


「で、これがその使い方ってワケか。キミらしいと言えばキミらしいね」

「気に入らないみたいだな」

「別に。メンドクサイことしてるなぁって思っただけだよ」


 そのメンドクサイことをしなければエタルは簡単に目の前のトロールを亡き者にしてしまう。


「キミにとってコイツは雑魚モンスターなんだから、さっさと倒せばいいじゃないか」

「雑魚モンスターの扱いで一番難しいことって何か知ってるか?」


 エタルが訊くとシュレディは首を傾げる。


「なんだろ。わかんないや」

「殺さずに逃がしてやる事だよ」


 この世で最も難しいのは立ちはだかる強者を倒すことではなく、暴れる弱者を無傷で生かしたまま逃がすことである。太古から現在までそれに成功した者は数えるほども存在しない。そして誰もいないならば、誰にも扱えない唯一の力を持つエタルだけは、その難しいことをしなくてはならない。


「オレ、最強の力を持ったらこういう事がやりたかったんだ」


 最強の力を使って敵を一撃で倒すのは簡単だ。最も難しいのは敵を生存させたまま後退させること。エタルは自分の持つ絶大な力をその為にこそ使いたかった。


「一応言っとくけど。このトロールは逃げないよ」


 エタルが纏う青マントの肩に乗ったシュレディが冷たい視線で巨大なトロールを見る。白い仔猫の言葉通り、息を荒くするトロールは全身の筋肉から血管を浮き上げると棍棒を振り上げて子供のエタルに向かい踏み切った振動を起こして跳び上がった。





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