Lv1.オワリーの町
それから半年後、エタルの生活はガラリと変わった。
白い仔猫のシュレディと出会ってから数週間で採掘場には通わなくなった。借りていた部屋も引き払い、活動拠点を身動きのとれやすい宿屋に変えてセカイラン王国から東に30キロほど離れている以前と同じこのオワリーの町で活動を続けている。
「ボクと一緒に生活してるんだから、もう
「あの生活、オレは気に入ってたんだけどな」
単調な採掘作業は、他事を考えたくないエタルにとってこれ以上ない天職だった。二日間、自分の好きなことだけを考えられる時間の為に、五日間ただ何も考えずにひたすらツルハシを振っていればいだけの食い扶持に困らないあの仕事にエタルはまだ後ろ髪を引かれていた。
「もうキミには必要ないだろう」
町中を歩くエタルの肩に乗ったシュレディが言う。
「物質は全て魔法で生み出せるはずだ」
視線を強めて言う子猫にエタルは反応をしなかった。
仔猫のシュレディと出会ってから今日までの半年間、エタルは途方もなく凄まじい量の情報と力を与えられて短期間で吸収することを余儀なくされた。確率の精霊だと自称するシュレディは共に暮らしはじめた初日からエタルが最も欲しかった知識を語るようになった。
この世界の仕組み。シュレディたちの存在理由。そして、エタルがこれからすべきこと。
白い仔猫が言い聞かせてくれた独走的な知識は、そのどれもが驚異的な説得力を備えていた。
「この世界が決定論で、オレたちの運命は既に決定されている」
「まだ、そんな話をしてるの?」
エタルが呟いた言葉に、子猫は呆れて見ている。
「それを話したのはもう半年も前だよ。半年前の知識をいつまで引きずってるのさ」
「オレ以外の人間はまだ知らない知識だ」
「言っても信じないよ。現に彼らは今もボクの姿を視ることができない」
エタルの肩にしがみ付きながら言う子猫は実に恨めしそうに、周囲を行き交う人々を睨んでいた。
「いまのエタルは周囲から見るとブツブツ独り言を言ってる変な子供だよ」
「お前の声も聞こえないのか?」
「聞こえないだろうね。聞こえてたらエタルに会う前にボクは誰かに拾われてた」
可愛げもなく笑ってエタルの肩に小さい爪を立ててへばり付いている。
「オレにとってはそっちのほうが良かったかもな」
「ボクの話を食い入るように聞いてたのは何処の誰だったかなぁ? まあ、いいよ。
仔猫に言われてエタルは自分の手の平を見た。まだ何の力も持っていない自分の手の平を。
「採掘場で鉱石を掘るのは誰でもできる。でも魔法から物質を生み出すのは誰でもできる事じゃない」
できないのだ。この世界では魔法を使って物質を生み出すことは非常に難易度が高い。特に固体の物質を生成することが困難だった。魔法によって生み出せるのは気体か液体かエネルギーなど流動的な物ばかりに限られている。
「地属性魔法のことか。物質の四態である気体、
「そのそれなりの出力をオレだけが簡単に生み出せるようになったのが問題なんだ。もしかするとこの力を使えば……」
「そうだね。食事をしなくてもいい身体になれる」
「そうなったら、オレは本当に
町の外で跋扈するモンスターは食事をしない。
「キミもヤツラと同じで町や村を襲うのかい?」
「するわけないだろ。同じ人間なのに」
「魔物の村もある」
「同じ命だ。魔物の村だからって襲うわけないだろ」
「だったらキミはモンスターじゃない。それに、町や村を襲うモンスターも同じ命だというなら、その同じ命になったって何も変わりないじゃないか」
平然と言ってのけるシュレディに、エタルは目を背けて言った。
「食事をしなくちゃ生きていけない人間の身体から離れていくのが怖いんだよ」
地面を見つめて立ち止まるエタルに、シュレディは同情するよりも疑問を抱く。
「ボクも食事はしないよ」
「お前は精霊だろ」
「精霊と人間では命は違うの?」
問いかけてくる目を見ずにエタルは言った。
「同じ命だ」
「ならいいじゃないか。食事にこだわる必要は無いよ」
それでもエタルにとって、人間らしく生きていこうとするには食事という行為が重要だと思っている。
「オレ……人間のままでいられるかな」
町中で立つエタルは、再び自分の手を見て言った。何度も握っては広げを繰り返して最後に自分の手を握ったところで前を見る。
「その力を持ったまま人間でいられる手段を見つけるしかないね」
「問題は魔法で物質を生み出す以前に、オレと一般人では根本的な違いがあるってことだろ」
「お、ちゃんと忘れてないんだ。やるじゃないか」
エタルは既に意思だけで魔法を発動させることができる。
「普通だったら剣とか耳飾りとか魔属装備が必要になるのに」
「……その話はあとだ。どうやら今日はいつものようにはいかないらしい」
肩に乗るシュレディが目を鋭くさせて遠くを睨んでいる。
「シュレディ?」
「来るよ。構えてエタル」
町の遠くで爆発が起きた。
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