異世界ランキングの極意《書き損じ石版》

挫刹

 異世界ランキングの極意のボツ展開集👑

Lv0.少年エタルと白猫シュレディ



 半年前、12歳の少年エタル・ヴリザードは仔猫のシュレディと出会った。

 拠点にしているオワリーの町で借りていた自室と郊外にある採掘場とを行ったり来たりする毎日を送っていた時。通い道の途中にある雑木林の奥から仔猫の鳴き声が聞こえてきたのだ。

 誰もが慌ただしく動く朝の仕事始めの時間。特にエタルは朝寝坊の常習犯だったから最初に鳴き声を聴いたときは気にも留める事ができなかった。

 この世界で生きる者は皆、他者よりも自分のことを優先して行動する。それはエタルも同様だった。12歳になるまで通わなくてはいけなかった小学院も途中で辞め、一人で生きていくことを目標にして王国を出ると、この町に流れついて自分で課した日常生活の習慣リズムを守る為に必死で食らいついていく毎日。日が昇り、陽が沈んでいく生活を繰り返して日銭を稼ぐ変化のない日常を精神的に支えたのは二日間の休暇を丸々自由にできる時間だった。

 仕事も食事も掃除も洗濯も人との交流や会話も何もかもを全てまったく考える必要が無い自分の好きなことに没頭できる究極の時間。残りの五日間さえ単調な採掘作業に勤しめば残りの時間は自由にできた。

 仔猫の鳴き声を聞いたのは休み明けの初日だった。二連休の休日をいいことに調子に乗って夜更かしをしたら定時に起きる事ができなかった。仕事場にしていた採掘場は強制ではないが採掘した量が少ないと当然報酬も目減りする。報酬が少なくなれば必然的に二日間の連休の質にも影響を及ぼす。下宿先で提供される食事や他のサービスなどは採掘場での報酬で賄っている。朝の風の刻9時から夜の氷の刻6時までツルハシを振るう。それがエタルの決めた最も休日の質を落とさない効率的な勤務時間だった。

 エタルは報酬が減ることよりも休日の質が落ちる事を何よりも嫌っている。猫の鳴き声も当初は特に意識しなかった理由もそれだった。それが気になり始めたのは四日目を過ぎた頃だった。仕事場へ急ぎ、仕事場から疲れた足取りで下宿先に帰る途中でも仔猫の鳴き声は続いていた。


(まだ鳴いてる?)


 四日目の帰り道でエタルはやっと仔猫の鳴き声に意識を向けられる余裕が生まれた。迷子になったのか、親を呼んでいるのか。どちらとも判別がつかない仔猫が同じ場所でずっと鳴き続けている心細い声が気になっていく。

 そして最後の五日目の朝も鳴いて、夕暮れ時も鳴き続けていた。誰でもいいからとにかく早く助けてくれと懸命に叫んでいる幼気いたいけな仔猫の鳴き声。

 夜な夜な布団に潜り込んでも仔猫の声が耳から離れないエタルは、翌日に仔猫の鳴き声を探して仕事場に向かう道へと足を踏み入れていた。本来なら趣味に没頭する筈の貴重な休日の時間を返上して、毎日鳴き続けていた声の主を一日かけて探した。草むらに分け入り、木々をかき分けてやっと探し出した子猫は清流が流れる川原の前で鎮座していた。


「キミがボクを見つけてくれた人間か」


長い尻尾を揺らす丸い背の後ろ姿が川辺の岩場で独り言を言っている


(喋る子猫?)


 尻尾を振ってお座りをしている子猫の背に向かって、エタルはゆっくりと近づいていった。


「ただの猫じゃないのか?」

「普通の猫のほうがよかった?」


 エタルが隣に座っても仔猫は逃げずに視線を真っ直ぐ対岸に向けたまま言葉を喋る。


「できれば鳴かないで親猫と暮らしてほしかったな」

「ボクに親はいないんだ」


 仔猫の言葉を聞いてエタルは驚いた。


「親がいない?」

「いないよ。キミもでしょ」


 仔猫がやっと、更に驚いたエタルに小さい貌を向けて喋ってきた。小さな眼がエタルを確かに見据えている。


「キミもそうなんでしょ」

「なんでそれを」

「同じ境遇の人間にしかボクは見つけられないからさ」

「同じ境遇?」

「天涯孤独」


 仔猫が言って自分の顎を後足で素早く掻く。エタルはこの仔猫の愛らしい仕草と自分の身の上を言い当てた不気味な言動のギャップに呑み込まれた。


「おまえはいったい?」

「そんなことよりボクに会いに来てキミはどうしようと思ったの?」

「ま、まずはどんな子猫か気になったんだよ。それで状態を確認してからその後の対応を決めるつもりだった」

「で、会ってどうだった?」

「このまま置いて帰っても大丈夫そうだな」

「小さい子猫をこのまま一人残して帰るつもり?」

「ネコを飼う余裕なんてオレにはない」

「ボクが精霊だと言ったら?」

「精霊?」

「そう。ボクは精霊レアリィだ」


 頷いた猫が、少年の顔も見ずに言う。


「確率の精霊、シュレディンガー」


 エタルが聞いた事もない精霊の名を自称する。


「確率の精霊?」

「そう。確率の精霊。ボクはこの世界で確率を司る唯一の精霊だ。かなり貴重レアなんだよ。なんてたって確率の精霊はこの世界ではボク一匹ひとりだけだからね」

「確率の精霊なんて聞いた事がない」

「それはしょうがないよ。だって生まれてこのかたボクが誰かと話をしたのなんてキミが初めてなんだからさ」

「おれが最初?」

「そう。キミが最初。この世界が創られてから、ボクと会話をした人間はキミが初めてだ」

「お前は何年生きてるんだ?」

「シュレディでいいよ」

「え?」

「シュレディって呼んでよ。シュレディンガーなんて長いでしょ? それにボクはシュレディンガーよりシュレディって名前のほうが気に入ってるんだ」

「シュレディは何年生きてるんだ」

「この世界が生まれてから、ずっと」


 エタルの問いに白い仔猫のシュレディは真剣な目で答えた。


「この世界が創られたのと同時にボクは生まれた。それからずっとこんな感じで生きてきたんだけど誰も気づいてくれなかった。誰もだよ。そしてやっとキミが気付いてくれた。キミはこの世界を手に入れたも同然だ」

「おれが……この世界を?」


 驚く間も与えてくれない仔猫の視線に、エタルは自分の手の平を見た。


「貴重な休日、使わせちゃったんだよね。埋め合わせはするよ。ほんのお礼だ。明日は何をするつもりだったの? 付き合うから何でも言ってよ。ボクとキミはこれから相棒コンビになるんだからさ」


 これが精霊を自称する仔猫シュレディと少年エタルの最初の出会いだった。



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