冬村家は気まずい
らいらtea
妹の話(1)
俺の家族を紹介するに当たって、まずは、妹の話から始める。
「温(ゆたか)にはここで死んでもらう」
「なに言ってるんだお前」
ファミレスでウェイターのバイトをして疲れて帰宅した俺を待っていたのは、労りの言葉でも優しいまなざしでもない。洗い物がたまったシンクに、買い置きのせんべいやバームクーヘンといったおやつがカラになった籠(俺の分まで食いやがった)。
そしてダイニングテーブルを埋め尽くす、降霊術の魔法陣のようなものが手で書かれたいくつものコピー用紙。わら人形。釘。
と。
地獄の釜から生還してきたごとく、魂の抜けた表情をした妹――冬村窓(ふゆむらまど)だった。
ソファに傾いで座り、真っ黒いウサギのぬいぐるみを膝にのせてべたべたと触っている。撫でているらしい。ウサギの垂れた耳に付いた、でかい輪っかのピアスが揺れる。
いま中学三年生、十四歳。
厨二病患者のプロ。黒か灰色の衣服しか着ない。どこで買ってきたのか、部屋着の上に、ジェダイの騎士のような暗い色のマントをすっぽりとかぶっている。
部屋のインテリアも真っ黒。
黒髪を腰まで長く伸ばし、スカートの丈も他の女子より十五センチほども長く、真夏でもタイツで素肌を隠す。
ミステリアス少女をきどってはいるが、その実体は、年上の男好きで惚れっぽく、トラブルばかりを起こしてきた問題児だ。
忘れもしない半年前。こいつは妻子のある教師に片恋し、一歩間違えればストーカーになりかけた。
そのせいで、怖がって妹に近づくクラスメイトはいない。友達もいない。
しかし当人は気にした風でもない。俺が心配して声をかけても、「わたしの崇高な 魅力をそのへんの凡夫などに理解されなくてけっこう」とのたまい、二人しかいない冬村家の食卓を氷漬けにさせた。
そう、二人。
家族構成員の最小人数。
諸事情あり、ファミリー向け一軒家に思春期の妹と二人暮らし。うまく距離感をつかめない。昔は素直でかわいかった気もするが、そんな記憶は砂塵となって彼方へ消えた。たぶん極東ロシアあたりに。
女の子の面がまえをした歩く怪人・妹。
そんな冬村窓だが、さすがに、悲痛な事件として報じられるような鬼の所行をするまでとは覚悟できていなかった。
気が済むまで兄を呼び捨てにしていい、ストレス発散に好きなだけ罵っても目を瞑る。頻繁に登校せず、布団にもぐってぶつぶつ呪詛を言っていても構わない。
でも、人殺しは駄目だ。
「俺、まだ死ぬつもりはない。全然生きる超生きる。人生これからだし」
「人生これからなんて言う人ほど、もう人生終わってるよ」
「各界の有名人に謝れ! おまえは!」
「温のピークは五歳のときでしょ。保育園でモテてた」
「俺の人生のピークはこれからだよ!」
「そうかもしれない。でも、どうせ死ぬし。死ぬのが六十年後でも今でも、そんなに大差ないでしょ。いや、今死んだほうが、地球の貴重な資源を余計に使わないだけエコロジーだよ。四六憶年の地球の歴史から見れば、あんたの存在なんて、写真にうつりこんだ塵みたいなもの」
脅迫めいたことを言いながらも、窓は行動に移らなかった。ぬいぐるみとソファに寝そべって、のんきに本を読み始める。図書館の閉架書庫に仕舞い込まれたような古い本だ。
古ぼけた皮の表紙に、ものものしい書体で、
『禁書 黒魔術の呪法』
とある。
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