第18話 気が付いたら頬袋パンパンなあの子



「え? 私はただの外野ですよ? 何故わざわざそのような策謀の片棒を担がねばならないのです? それに、もし私とローラ様が最初から組んでいたのなら――もっと上手く事を運べていたでしょう?」


 その自信が、少なくとも私にはある。

 それこそ行き当たりばったりの直感と運に助けられた結末ではなく、もっと綺麗に相手をコテンパンにして実利を取るやり方が、私たちなら出来た筈だ。


 そんな風に私が言うと、彼女も「それはそうかもしれません」と言って頷く。

 そして、ちょっと悪戯っぽい笑顔を向けてこう言った。

 

「私、シシリー様だけは敵に回したくないですわ」


 その声に、私は思わずキョトンとした。



 どうやら私は思いの外、この『淑女』から買われているらしい。

 が、それなら私も言いたい事がある。

 

「私だって、ローラ様だけは敵に回したくありません」

「まぁそうなんですか? ならば今後もお互いに、良い関係を築いていけそうですね」


 そう言って、はにかむように彼女が笑う。

 そこには『淑女』ではない、懐かしいくらいにありのままの彼女が居た。



 と、そんな彼女が今度はこんな事を言う。

 

「ところで先程のお話ですけれど、私はただ『殿下の事ですから、挑発すれば勝手に墓穴を掘ってくれるだろう』と思っていただけですよ。まぁその前にエレノアさんとシシリー様がどうにかしてくださった訳ですが」


 彼女はそう言うと、先ほどまでの懐かしさをこれまた彷彿させるような蠱惑的な顔でクスリと笑った。




 私が知るローラという人は、清廉潔白で思慮深く何より無駄を嫌う。

 ならば確かに、彼女が事をずっと静観していた理由も分かる。


 おそらくだけど、「どうにかなりそうだから、敢えて不要な労力を割く必要はない」と判断しての事なんだろう。

 あとは自分で意趣返しをする程の感情を彼に抱けなかったか。


(結局のところ、ローラ様にとっての殿下はだったっていう事なのよね。そこには同情心は沸かないんだけど)


 そんな風に独り言ちる。



 と、その時だった。

 彼女が紅茶を一口飲むと、ティーカップをソーサーに置き真剣な表情になった。


 何だろうと思っていると、彼女はスッと頭を下げる。


「面倒を押し付けてしまった事、ここで改めて謝罪をさせてください。申し訳ありませんでした」


 公式の場では、彼女は決して頭を下げる事は許されない。

 敵対派閥同士、しかも同格の家同士でどちらかがどちらかに頭を下げるなどという事態を他の人に見られるわけにはいかないから。


 この騒動で色々とやかましくなっている外野の目に彼女の姿を晒さない為の非公式なのかと思っていたが、もしかしたらこの為でもあったのかもしれない。


 どちらにしろ、彼女のこの言動からは偽りの無い誠実さが感じられる。 

 だから私は「顔を上げてください」と言ってから、謝罪を辞去するのではなく敢えて受け入れる事にした。


「私としてはローラ様のお邪魔になっていなかったと分かっただけでホッとしました」

「……そう言ってくださると助かります」


 そんなやり取りで、私たち2人の間の決着はついた。



 が、ここにはもう一人功労者が居る。


「エレノアさんも、私事に巻き込んでしまってごめんなさいね」

「……ふぇ?」


 エレノアに対しても頭を下げたローラに対し、彼女はいつの間に目一杯クッキーを口に詰め込んだのだろうか。

 口をモゴモゴとさせながら首を傾げる。


(間違いない、この子絶対今の話を聞いてなかったわね)


 淑女にあるまじきその様子に呆れつつそう思ったところで「このお茶会が非公式で良かったな」と独り言ちた。


 が、それでも一応念のため。


「そんなに夢中に頬張って、はしたないですよ? エノ」


 多分問題にはならないだろうが、まるでリスのように頬袋内をパンパンにした彼女にそう一言忠告しておく。

 すると彼女は慌てて口の中を咀嚼し切ってから笑顔で口を開いてきた。

 

「お気になさらないでください、ローラ様。私としては『いつものようにシシリー様とお話ししてたらいつのまにか解決していた』っていうだけですし」


 実害を全く受けていないどころか良い事もありましたし。

 そう言って、彼女はいつも通りほのほのと笑う。



 しかしなるほど。

 今回の件、彼女としてはそういう認識だったのか。

 どうにも彼女らしい思考だと思う。




 一方ローラは、まるでひだまりの様な陰りのないエレノアの微笑みに、心底から安堵した様だ。

 そして「ならば」と意気込むようにこう聞いた。


「それで、モルド様と最近は?」


 ローラにしては勢い勇んだ声だなと思いそちらの方を見てみると、瞳に強い好奇心が見て取れた。

 どうやら彼女は、ずっと聞きたかったらしい。


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