医・療・崩・壊~急診の小町―DMAT医官・出町柳未央奈の既往簿

水原麻以

切迫の前哨にて

人が人の命に優劣をつける権利があるのか。


「重症患者増大による病床逼迫に備えて不要不急の手術を自粛しろ」

パンデミックにより医療体制はすでに崩壊していた。

「そんな事を言われましても」

現場の医師や看護師は反発した。

人間の命に優劣をつけろというのか。そんな事は神様でないとできない。

「色眼鏡で患者を仕分けしろと?」

医師は上からの薄情な命令に逆らった。

陽性患者は、医師や看護師以外とは入院中は面会もできない。

しかし、外来であれば治療経過や退院後の経過を話すことができる。

セカンドオピニオンが患者の権利として認められているからだ。しかし医療資源は有限である。医師や看護師が逼迫してくると優先順位をつけねばならない。

そこで現場と管理職の利害調整が生じる。

なぜそのようなことが、今の時代に求められているのか。

それは、患者さんご家族から病院・病院内の人間関係を疑問視する声だ。

私が「お前は医者に選ばれる資格があるか?」と尋ねると「はい」と答えた。

「いいえ」と答える医師はいない。その言葉に「あのな。医師はな、治療するのが仕事じゃない。命を救うのが仕事だ」

「はい」と言った。その手にはぐちゃぐちゃ丸めたプリント用紙があった。

行政機関からの通達だ。重症患者のために病床を開けろ。命に別条のない怪我や病気の手術を延期しろ。と書いてある。そのメールを院内システムで周知する前に管理者権限を濫用して無断で削除してしまった。

「お前はなぜこんな事をした!私はこんな事はしない!どういうつもりだ。もっとも。これは今に始まった事じゃない!」と答えるが医者は「あの時言ったでしょう、何があっても見捨てないって。しかし十年経って貴方は今どうしてる?」と詰め寄る。

それで他の看護師が「震災の過去なんかどうでもいい。今を生きている命をどう救うかでしょ」と叫んだ。

「あなたが言ったじゃない、もう誰も見殺しにしたくはないって!」

追いつめられた医師は絶叫した。

「あの時に言ったろ!『したくない』だ。あくまで願望だ。言っちゃ悪いがたかだか数千人の規模だ。今よりはずっとマシだった」

すると彼が「でもね、先生!何であの時、希望を持たせるような事をいったんだ!」と叫び、あまりの大声に患者はパニックになって倒れてしまった。



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