第11話 氷の微笑。

 あたしを呼び出したご令嬢たち、普段からあたしのことをよく思ってなかったのだろうとか思い当たる節もある。

 平民でもお金持ちならまあ許せる。けれどあたしみたいな貧乏っぽく見える平民がこんな学園に通っていることがそもそも許せないの? かもしれないけど。

 でも。

 そんなの。

 そりゃあ確かにあたしの服装は質素だし制服着回しでその下に着るブラウスも靴も何度も洗って着ているせいか生地はかなり傷んでる。

 もちろん綺麗にはしてるしシミもちゃんと抜いてるし、アイロンも欠かしてはいない。それでもね。

 いつも新品のお洋服を着ているようなお貴族様や、富豪のお嬢様とは違って見えるかも、しれないなとは思うの。


 まああの子たちにとってみれば名門セントレミーの制服の格が落ちるとか思っているのかもしれないな。


 はあ。憂鬱だ。




 この学校を選んだのはお父様だったって聞いた。

 こんな思いをするなら、あたしはもっと格落ちの学校でよかったのにってそう愚痴った時にお母様から聞かされたのだ。


 優しかったお父様、思い出は実はあんまり残っていなくって。あたしにとってはあたしの頭を撫でて優しく微笑んでるイメージしかないんだけど、それでも。

 それでも。

 あたしの制服姿を満面の笑みで喜んでくれていたお父様の笑顔だけは、あたしの心の中にくっきり残っているの。


 だから。


 やっぱりここを辞めたくは無い。


 憂鬱だけど。時々悲しいこともあるけど。それでも。


 少なくともあんな人たちに負けてそのままここを去るなんて、そんな真似はしたくない。そう思うのだ。



 ☆☆☆☆☆



 午後はもうそれ以上ご令嬢方よりちょっかいをかけられることもなく無事に授業も終わった。ニーアがよそよそしいのはまあしょうがない。彼女もエーリカたちに睨まれたくはないのだろう。クラスのヒエラルキー上位のお嬢様たちに睨まれて悲しい学園生活を送るのはあたしだけで充分だ。


 そう思うと少しは気が晴れた。


 今日はなんとか泣かないぞっと決意して席を立つ。何事もなければこのまま帰っても問題ないだろう。昨日のジルベール殿下のご用事も、一時の気まぐれだったかもしれないし。あ、それかあたしの髪の色が珍しいからそれで何か聞きたかったとか? そんな程度の話だったかもしれないし、ね。


 席を立ったついでにさっと周りを見渡してみてもあたしの方に注意を向けているものは居なさそうだ。


 小声で「失礼しますー」っとなんだか他人行儀な帰りの挨拶を言って、そのまま廊下にでた。うん。今日は無事に帰れるかな。


 教室の空気を抜け廊下に出るとやっと呼吸が楽になる。


 アーサー様にはいつでもおいでとは言われたけど、流石に二日続けて帰りが遅くなるのもどうかと思うし。そのまま階段の踊り場まで進んだあたし、そこに立ち尽くしている美男子にギョッとして。


 カウラス・カエサル。


 確かこの国の宰相をも務めるジュリウス・カエサル枢機卿の御子息でもあったはず……。ジルベール殿下のご学友にして護衛騎士を務めるには充分な家柄なんだろうけどちょっとその氷の微笑はあたしには強烈すぎる。

 黒縁の眼鏡をキュッと持ち上げあたしを眺めるその表情は、想像以上に耽美で冷たい印象に思えた。

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