あたしのお母様は異世界転移ヒロインでした。

友坂 悠

第1話 王子様なんか現れるわけがない!

「君は笑った顔の方がかわいいよ」


 だなんて御伽噺みたいな台詞を話す王子様なんか、あたしの前に現れるわけがない。



 カーテンの隙間から朝日が覗く。ああ、今日も憂鬱な日々の始まりだ。


 あたしは陽光が優しく降り注ぐ部屋で軽く伸びをして起き上がると、隣であたしにくっつくようにして寝ているミケコの頭を撫でそのままベッドに横座りになる。にゃーおと可愛らしい声で抗議するミケコにごめんねと囁いて、カーディガンを引っ掛け廊下に出た。まだ朝は少し寒いかな。


 洗面所で顔を洗っていると、「おはようルリア。朝ごはんできてるわよ」とお母様の声。

「はーい。今行きます」と返事をし、口を濯いで台所へ。

 簡素なテーブルに椅子が二つ。お母様とあたしの二人分の朝食が用意されてる。ベーコンエッグにパンにコーンスープ。どれもあたしの好きなメニューだ。


「おはよう、母さん。ありがとうね」


 お母様はにっこり微笑んで席につくと、両手を合わせて「いただきます」と食事前の感謝を唱えた。あたしももちろんそれに続く。


 この感謝の言葉、お母様の実家では食事前にこうやって手を合わせて唱えるのが当たり前、だったらしい。


 低学年の時学校であたしが唱えたらみんなから笑われた。普通は「天に在します我らが神にこの食事を賜ることを感謝します」って言うんだって。いただきますじゃ簡素すぎる? みたいな? そんな風にも言われて。


 お母様は「神様だけじゃなくて全ての命に感謝していただきますって言うのよ」って言ってたから、あたしはそっちの方が好きなんだけどな。


「ルリアも今日から高学年になるのよね。月日が経つのは早いわぁ」


 そうあたしの顔を眺め感慨深くそんな事を言うお母様。


 10歳になったら始まる修学期は、15歳になると高学年に進級だ。あたしの通うセントレミー学園は低学年も高学年も同じ敷地にあるから、あんまり変わった気もしないんだけど。




 まだ小さい頃はもっと大きいお家に住んでいた。


 お父様がいらしてお母様を大事にしていたから、侍女さんがいろいろ身の回りのお世話をしてくれて。お母様はあんまりそう言うのは好きじゃないのよって言ってたけど今の生活よりも豊かだったのは間違いないかも。


 異世界? ってところからここにやってきたっていうお母様、茉莉花マリカ・フローレンシア。


 フローレンシアっていう家名はお父様のもの。結婚前は本城茉莉花っていう名前だったって聞いた。


 あたしはその頃の癖でお母様のことはお母様って頭の中では呼んでるけど、今は本人には「母さん」って呼びかけるようにしてる。

 なんだかお母様って呼ばれるの好きじゃないみたいだったから。あたしも今のこの生活じゃお母様って言いにくいし他の人の手前もなんだか恥ずかしく感じて「母さん」が自然かなとは思うんだけどでもやっぱり心の中では自然と「お母様」になっちゃうの。しょうがないね。



 にこにこと微笑みながらあたしがご飯を食べてる間中あたしのこと見つめてるお母様。


 あう。


 愛されているのは感じる。もう、多分あたしがお母様を好きなの以上にお母様もあたしの事を愛してくれているってことは。


 なんだけど。ね。


 あたしには一つだけ、お母様の子供だったことに不満があるんだ。


 それは。


 あたしの顔がいつまで経っても子供顔のままだってこと。


 人と違う髪の色。赤ん坊かと思うような鼻ぺちゃな顔。かわいい部類だとは茶化されることはあるけど、決して美人には見えないそんな。


 顔の造作自体がどうやら違うのだ。他の人とは。


 まあね? あたしだって小さい頃はいつか他の人みたいな凹凸のあるちゃんとした顔になるんだろうってそう漠然と思っていたんだよ?

 だけどね。お母様のお顔を見てたらそんな希望はどこかに行っちゃった。

 年齢を重ねるごとにあたしの顔はお母様に似てきて。これ以上お鼻が高く目も大きくならないんだって気がついちゃった時。



 結構な絶望感が襲ってきたのだ。


 うん。あたしなんか王子様が迎えに来ることはないんだ、って。

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