第61話 俺は弱体化してるらしい

シリル君は多分だけど俺とブリテンの人間を接触させたくないんだと思う。騎士団員に選ばれてるやつとか、たまに訓練場で聞こえてくる噂話を聞いてればわかる。

問題ないけどな。記憶を失う前の俺がどうだったかはわからないが、今の俺はブリテンに興味はないし。

俺はシリル君の嫌がることはしたくないんだ。

プロイセンに来てからのことは時間がかかったけどちゃんと思い出した。シリル君は記憶を失う前の俺のことも、記憶を失ってからの俺のこともどっちも大事にしてくれてる。俺にとってシリル君は恩人だ。

だからシリル君が嫌ならブリテンの人間に会わなくても一向に構わない。


「俺明日の試験の間は王城を離れるよ」


シリル君は俺の言葉に苦い顔をした。

真っ赤な瞳を左右に揺らして悩むような仕草を見せたあと、「いや、選別試験に立ち会ってくれ」と言われた。


「ジョシュアとパーシヴァルに会えばローゼシエの記憶も戻るかもしれない」


俺はシリル君の魔力を注意深く観察した。

嘘はついてなさそうだ。でも喜んで俺を連れてくってわけでもなさそうだ。


「俺とブリテンの人間を合わせたくないんだと思ってた」


俺の言葉にシリル君は「知ってたのか」と眉を寄せた。

当たり前だ。俺には高性能な耳がついてるし、人間は「聞こえてない」と思うのが得意だ。自分の聴力を基準に考えちゃうんだろうけどな。


シリル君は唸りながら執務室の端っこに置かれてたエナジードリンクに手を伸ばし、ケミカルな色合いの液体を一気に煽った。

よく文官たちが「国王の執務室の机に白の人間の飲み物は似合わない」ってぼやいてる。

シリル君は「飲み物くらい好きなもん飲ませろ」って譲らないけど。


ケミカルを注入したシリル君は缶を潰しながら言った。


「ローゼシエをブリテンの人間に合わせないのは俺のわがままだった。でも、そろそろいいんじゃないかって言われちゃってな」


シリル君が手に持ってた缶を俺は受け取って自分の亜空間に投げ入れる。

呆れたように「使用人みたいなことしないでいいよ」って言われる。

俺はシリル君を心配してるだけだ。

シリル君は考え事始めると手の中のものを握りつぶし、缶の端っこが尖ってて手に突き刺さっていようが、自分の手のひらから血が流れ出ようが気づかないのを知ってるから。


手持ち無沙汰になったシリル君が再び頬杖をついた。

俺は「それで?」と話を促す。


「ジョシュアもパーシヴァルも俺との付き合いが長いだけあって、痛いとこついてくんだよなあ。『真綿に包んで守ってるだけじゃ、デニスの心は回復しないぞ』って。ーーーなんも言えなかった」


ーーー抽象的な言葉が多い。

でもなんとなく話の中心にいるのが俺らしいことはわかった。


口元が少し歪んだと思う。

だって、俺が回復してないかなんてブリテンの奴らになんでわかるのだ。


「俺がどうしたいかは俺が決める。シリル君が『わがまま』したいならそれでいい」


シリル君はまた前髪を引っ張り出した。

今の俺の言葉のどこに照れる要素があったのかはわからない。


沈黙が落ちて、俺はシリル君の周りで遊んでた赤い魔素を眺めてた。

こっちに来ようとするので押し戻す。赤の魔素たちは大体やんちゃだから扱うのは難しいけど見てる分には愛らしい。


「ローゼシエはさ記憶を失う前の自分が今よりもずっと強かったって言ったら信じるか?」


シリル君の問いかけで俺は赤の魔素たちから視線を外した。

いつの間にか前髪をいじるのをやめていたシリル君と視線がぶつかる。


言われた意味がよくわからず、首を傾げる。

今よりも前の俺の方が強かった?

魔力の量は変わってないのに?


「シリル君がいうなら信じるけど、実感はない。魔力の器も傷はついてないし、今だって俺より強い魔獣はいない。青竜が同格ってくらいだ」


シリル君は重々しく頷いた。

「まさにそれが弱体化してるって言ってんだ」とため息をつきながら。


「本来のお前はさ、こうやって近くで話したり、ましてや騎士団の平団員が魔法剣で打ち合ったりなんて絶対できないんだ。ローゼシエの周りにはさ、いつもありえない量の魔素が取りまいてたし、俺でも息がしづらいなって思うくらいだった」


俺はシリル君の話を他人事みたいに聞いてた。

…だって、あんまりイメージできない。騎士団の平隊員ならわかるけど邪竜様の愛し子であるシリル君を凌駕するような魔素の量ってどんだけだよ?


「それ本当に俺の話?大袈裟じゃなくて?」


シリル君は至って真剣な顔で「全部現実の話だ」と言う。


「今のローゼシエが弱いってわけじゃないけど、前の方が魔素に愛されてたし、ローゼシエ自身の魔素変換の技術もずっとずっと上だった。今のお前は足し算で魔素を魔力に変えてるように見えるけど、前は掛け算で何十倍にも何百倍にもできてた。ローゼシエは赤竜だからな…赤魔法は『術者の情熱の魔法』って言われてるくらいだし、心の核の部分を消されたんだから影響があって当然だよな」


話を聞いていて、なんとなく落ち着かなかったのでそっと魔力の器のところに手を当ててみた。

魔力の変換は別にうまくいってると思う。

でもそうなのか、前の俺はもっと上手くできてたのか。

…シリル君がずっと寂しそうに話すのも気になるけど、俺がもっと強くなれるんならちょっと興味あるな。


「明日来るブリテンの王様と弟は俺の心の核の部分なの?」


俺の声色が変わったのがわかったのだろう。

シリル君がおかしそうに「会いたくなってきた?」と聞いてくる。


「記憶に興味はないけど魔素の使い方はすげえ気になる」


シリル君は何故か呆れ顔で「お前はやっぱ脳筋だな」と呟いた。

脳筋なんて失礼だな。

俺は強くなる方法に興味があるだけだ。


「それが脳筋だっていってんだよーーーまあいい、明日の奴らは多分ローゼシエの記憶喪失の原因じゃあないよ。でも、すごい近くにいる奴らなのは間違いない」


シリル君の言葉を聞いて、俺はちょっと残念なような、ほっとしたような気分になった。明日の人たちに会えば解決ってわけじゃないのか。


「じゃあ、俺の記憶喪失の原因にシリル君は気づいてるの?」


疑問系で聞いたけど、俺は答えはなんとなくわかってた。

だからシリル君が「うん」といっても別に驚きはしなかった。


「俺だけじゃなくてローゼシエ以外がみんな知ってるよ。ーーー俺がわざとローゼシエを『それ』から遠ざけてることもね」


シリル君が自虐的な笑みを浮かべた。

ーーー俺はその顔好きじゃない。

だから「シリル君」と名前を呼んでこっちを向かせる。


俺はどこかで学んだから。大事なものとずっと一緒にいられるって思っちゃいけないって。言葉が届くうちに伝えとかないとすげえ後悔するって。

…どこで学んだのかは思い出せないんだけどさ。


「シリル君がすまなそうな顔しなくていいんだよ。今の俺が望んでここにいるんだから」


シリル君が眩しそうな顔をした。

「今日も俺のお月様はとびきり綺麗だ」と呟きながら。


俺はシリル君が悲しそうな顔をすんならブリテンの奴らに会う必要はないって結構しつこく言ったんだけど、シリル君は全然折れなかった。

珍しいな、いつも過保護なくらいに俺が外部の人間と接触するのを嫌がるのに。


この日は世界の魔力を調整する日だったので、シリル君が仮眠のために寝室の扉を潜るのをきっちりと見届け、目的の場所へ転移した。


プロイセン王国とフランク王国の国境沿いにある山のてっぺん。

待ち合わせの相手はすでに到着していた。


「ーーー遅れた」


声をかければ青い髪のフィメルが振り返る。

彼女は青竜だ。邪竜様の命令で俺たちは月にいっぺんくらいのペースで世界中の魔素を足したり引いたり伸ばしたりして回ってる。


俺たちは特に会話もなく、決めてあった方向へ出発した。

俺は元から喋る方じゃないが、青竜も全然口を開かない。

多分だけど俺たちは相性が悪い。一緒にいるとお互いの魔素が反発しあって、刺々しくぶつかり合ってるのがよくわかる。

とはいえ、お互いに世界の調整役を任されるくらい魔法には精通している。

だから普通の相手ではできないような無茶な転移や魔力放出を繰り返し、その日も世界の隅から隅を行ったり来たりした。


「…今日はこんくらいでいいや。来月の調整プランは赤竜が立ててくれんだよね?」


待ち合わせ場所だったプロイセンとフランクの国境へと飛びながら、青竜が効いて来た。俺は「そうだな」と答える。


「またしもべ魔獣で送る」


俺の言葉を聞いた青竜が少し馬鹿にしたように「まだ魔力通話持たされてないんだ」と言ってきた。

…珍しく青竜は俺と会話するつもりらしい。友好的とは言い難いが。


「魔力通話っていうのは通信手段だろ?しもべ魔獣があるから俺にいらない」


ピシャリと言えば、青竜が楽しそうに「そうかな?」と言ってきた。

そういえばこいつは相手が怒ってると喜ぶタイプの変人だったと思い出す。

…いつもだったら記憶が戻るとホッとするのに今に関しては苛立ちしかわかねえ。


「シリル王は過保護すぎるってタイムズ紙にも書かれてたよ」


「タイムズ紙ってなんだ」


「有名な新聞。魔法使いも白の人もみんな読んでる」


「なんでそんなに有名な新聞にシリル君が過保護なんていうトンチンカンなことが書かれるんだ?大丈夫か?」


本気で意味がわからなかったのだが、なぜか青竜には「お前が大丈夫?」と言われた。

しゃべれば喋るほどにイラつくやつだ。くそ、目的地はまだか?肉眼でも見とくかってことで飛行してるけど転移に切り替えるか?


「シリル王に自分がどんだけ厳重に守られてるか自覚ないとしたらやばいよ」


え。


「過保護ってまさかシリル君が俺に対して過保護ってことか?リアとニーヴに対してではなく?」


「なんで黄色竜の双子のことだと思うのさ。あいつらに関しては結構放置じゃん。たまにあいつらだけで国境超えたりしてるよ」


「そんなことも知らないのか」と言いたげな青竜に向けてひとまず魔力弾を飛ばしておいた。キレられたけど知らん。

リアとニーヴが好き勝手出歩いてるのは知ってる。何かあったら知らせろってニーヴにはしもべ魔獣も渡してあるし。リアはもとから心配いらないしな。


それにしてもなんでシリル君は「過保護」なんて呼ばれてるんだ。

心当たりといえばーーー


「知らない人に話しかけるな、面会は全部シリル君を通せ、出歩く時は行き先を言え、身につけるものや食べる物もシリル君が用意してるーーーあとは騎士団の団員もすげえ事前に身元調査してるみたいだけど、そんなもんだぞ?」


青竜は半目になって「今時幼稚舎の子供でももうちょっと自由だよ」と言われた。こいつは俺に対しては嫌味を混ぜないと会話できないのだろうか。できないんだろうな。

若干飛行速度を上げる。

青竜も並走してくる。頼んでねえよ、一緒に帰る必要ねえだろ。


最後とばしただけあって、十分もしないで解散場所に着いたので俺はさっさと転移で戻ろうとした。

それなのに、青竜がガッチリと俺の腕を掴んでくるではないか。

…まあ、こうなることを半ば予想してたから逃げようとしてたんだけどな。


「今日も行こうよ、愛し子探し」


口元をにゅうっとあげて笑う青竜。

俺は手を振り解こうとしたのだが、青竜の方が上手だった。


「興味あるくせに、自分の愛し子」


ーーー俺が言葉を失っている間に、青竜はさっさと転移魔法を発動していた。


不本意ながら恒例と言っても差し支えがないのが、魔素濃度パトロールの後の

愛し子探しだ。

…いっつも断ろうと思うのに、結局ついて来てしまうのは何故なんだろう。


自分勝手が魔力を持って喋り出した存在が青竜なので、いつも通り俺の意見を一切聞かずに「今日はここにしようか」と場所を決める。


愛し子探しといっても大層なことをする訳ではない。

始祖竜である俺たちは街中を歩くだけでもひどく目立ってしまうので、隠蔽魔法をかけながら上空で街ゆく人を見守るわけだ。

今日はブリテン近くの国境の市場の上に俺たちはいた。

結構珍しいとこを選ぶな、と思った。

青竜はブリテンに入れないとかで、大体ブリテンのそばに近寄ることすら嫌がるのに。

夕飯の買い物客で賑わう市場を俺はぼーっと眺めていたのだが…ふと気づく。

青竜の様子がおかしい。先ほどから何かを探してる様子なのだ。

ずっと視力を強化した状態であたりを探っていた青竜が…とある一点を見定め、とろりと笑みを浮かべた。

みたことのない青竜の表情に俺が警戒を強めていれば、急に青竜がこちらへ顔を向けてきた。


「赤竜はまだ自分の愛し子のこと思い出せないんでしょ?」


青竜の言葉はいつだって唐突だ。

俺はなんでそんなことを聞かれるのかわからず、黙って眉をひそめる。


「みてればすぐにわかる。今のお前は燃え尽きた魔煙の灰くらい覇気がない」


…黙ってれば好き勝手言いやがって。

なんだよ魔炎の灰って。誰が燃えカスだよ。


「ーーーお前も俺が弱体化してるって言いたいのか?」


ムッとして言い返すと、青竜が嬉しそうに「うん!」と笑った。

絶対笑うとこじゃないのにすげえ楽しそうにされると怖い。いつもこうなんだよな、こいつ…。


「俺の弱体化と愛し子がどう関係すんだよ」


苛立ちをぶつけるつもりで青竜へ問い掛ければ、青竜は飄々とした様子でーーーある一点を指さした。

釣られるようにして視線を向ける。

俺は、何気なくみた先で、それを見つけてしまった。


…全ての音が、止まった気がした。


宝石がいた。

いや、宝石じゃないんだけど、とにかく俺にとっては最上級の魔石なんかより一億倍輝いて見える存在がそこにはいた。

川を流れる水のように規則的に人が行き来している。

人の顔なんて一人一人認識してらんない。

でも俺の目ははっきりとその人物を捉えていた。

ずいぶん遠くを歩いていたその人物は、かなり魔力が高いようだった。

隠蔽魔法の気配もしたが、巧妙に隠されたその魔力には熟練の魔法使いの気配があった。

夜空のような黒髪を上等なローブですっぽり覆ったその人物は露天の店主と少しだけ会話しているようだった。

ここからでは横顔さえ満足に見ることができない。

あの人をもっと近くでみたい、そう思って自然と腰を上げていいた。

でも、その宝石のような人はすぐに背中を向けてしまった。

あ、と思った時には遅かった。

宝石のような人は忽然と姿を消していた。


俺が呆然としている間、青竜はなぜか天に向かって「邪竜様ー!みてるだけでーす、関わってませーん」とよくわからないことを言っていた。

いや、そんなことはどうでもよかった。

正気に戻った俺は、隣にいた青竜の肩を揺さぶっていた。


「ちょ、いた!馬鹿力やめろ!言語で話せ!なんだよ!」


青竜に両手を引き剥がされ、怯えたように後ずさられる。

いかん、俺は今相当動揺しているようだ。

言語か、何を言いたいんだ俺は。


ともかくわかってるのは、青竜はあの人を知っているってこと。

きっと現れるとわかってて、あえて俺をこの時間にこの場所に連れてきたのだ。

ブリテンに近づかないのにこんな場所を選んだ理由も納得がいく。


「今の人は、誰だ?」


振り払われた手で今度は青竜の腕を捕まえる。

逃すものかという俺の思いは十分に伝わったらしい。

青竜はひどく愉快そうに目を細めた。

その顔にはすごく腹が立ったが必死に堪えた。

なんとしてでも質問に答えて欲しかった。

俺は自分の中にこんな感情があったのかと少し驚いていた。

嫌いな青竜に縋り付くようにして質問するなんて普段の俺なら絶対にしないのに。今見たあの人のことをもっと知れるなら、些細なことは全く気にならなかった。


「答えてくれ、知ってるんだろう?あの人のことを」


青竜はもったいぶったように頷いた。

「よく知ってるよ」と芝居ががかった仕草で俺の手の甲を撫でる。


「ずっと自国に引きこもってたからなかなかチャンスがなかったんだよ。…絶対に赤竜に引き合わせようって思ってた」


どうだった?と青竜が俺の反応を伺うように覗き込んできた。

俺は顔をのけぞらせつつーーー


「また会いたい。…次はもっと近くで」


と馬鹿正直に答えた。青竜は全部わかってましたよ、とでも言いたげに大きく縦に三回首を振った。


「記憶が消されようが結局変わらないか。邪竜様も呆れてるだろうね」


青竜はよくわからないことを呟いていた。

記憶や邪竜様ってなんのことだろうか。もしかしなくても俺のことか?

考え込んでいれば…青竜が俺に掴まれていた右手の腕に自分の左手を重ねてきた。

なんだよ急に、と訝しんでいれば青竜が「また楽しくなりそうだね」と狐のように目を細めた。


「早く目を覚ませよーーー今のお前はつまんなすぎ」


青竜はそう言ってーーー急に俺の手を振り払った。


「あの人が誰だかは絶対に教えないけど!」


キャハハハハという耳障りな笑い声を残して青竜は消えていた。


俺は次に会った時に青竜をぶん殴ろうと硬く決意しながら、すぐさま宝石のような人が現れた店を訪ねてみた。

魔道具を売るその店で、悪人顔の店主が「お兄さん、この店は冷やかしにはちょいと高いよ」と言ってきた。

どうやらお金を持っていなさそうだと思われたらしい。まあ、俺の顔って年齢より若く見えるみたいなんだよな。プロイセン城でも薔薇園でぼーっとしてたりすると、なんも知らない他国の従者に絡まれたりするし。

俺は「金が無さそう」の不名誉を挽回すべく、ポケットに入れてあった身分証代わりの魔石を取り出した。

手の平に収まるほどのサイズのそれを店主に渡せば、悪人顔が怪訝なものへと変わった。

竜と金の薔薇が透し彫りされたその魔石を実際に使ったのは初めてだった。

「これを見せればツケで何でも買える」という説明しか受けてなかったので、半信半疑ながらも出してみたのだがーーー魔石をひっくり返し、太陽光に透かし、最後に匂いまで嗅いだ店主が「本物かこれ?!」と叫んだので多分効果はあったと思う。


店主は悪人顔をすぐさま引っ込め、へっぴり腰になりながら恭しく魔石を返してきた。

黄ばんだ歯を見せつけながら揉み手をしている店主が「お貴族様、なんの御用でしょうか」とお手本のように媚を売ってくる。


「いや、買い物ではなく聞きたいことがある」


店主がわかりやすく残念そうな顔をした。

続いて「私みたいな庶民はなんも知りませんよ」とやる気なさそうに首を振る。

…俺が貴族だってわかっててこの態度なのだからこのおっさん結構いい根性してると思う。


俺は少し迷って、一番ものが良さそうな猫の形のからくり人形を手に取った。

魔力を流すと尻尾を振る仕組みらしい。

可愛らしいしニーヴにあげよう。


俺はからくり人形を指さしながら「これを買うから教えてくれ」と再度店主に言った。店主はからくり人形と俺を見比べ、またもや作り笑いを浮かべた。


「フィメルの方へお土産ですか?それでしたらこっちの防御の魔法陣を刺繍したハンカチもおすすめですよ」


店主の言葉に俺は黙って首を振った。

…納得してなさそうな顔をされても困る。


「刺繍されている魔法陣に文句を言うつもりはないがーーーその程度では石ころも弾けないだろ。しかも一箇所魔法文字を書き違えてる。一回使うと燃えてなくなるぞ。…このからくり人形に使われてる魔石はワードウルフから取ったものだし、長く持つからこれがいい。いくらだ?」


一息で言い切れば…店主がぽかんとした顔で手に持っていたハンカチを見た。

そして俺のことも見た。


「お若いのに、やり手の魔法使い様でしたか。とんだ失礼を」


店主は今度は大人しくからくり人形を渡してくれた。

「ラッピングしますか?」と聞かれたので頷く。


「銀色の包み紙に赤いリボンをかけてくれ…で、本題なんだが」


店主は猫の人形を銀色の不織布で器用に包みながら「へえへえなんでしょうか」と相槌を打った。悪人顔なのにリボンを結ぶのが上手だった。どうやったら平らなリボンを花が咲いたみたいな立体にできるんだ…。


「器用だな、店主」


手渡された銀の包みに咲いた金のリボンの花を凝視しながら、思わず褒めれば「仕事ですので」と笑われた。


「プロはすごいな。…聞きたかったのは先ほど黒いローブに夜空のような髪のフィメルが来ていただろう?彼女はよくここに来るのか?」


店主は黄ばんだ歯を再び見せて「お客様のことは話せませんねえ」と言ってきた。

俺はがっかりしたが、それもそうかと思う。

「言いづらいことを聞いてすまなかったな」と立ち去ろうとすれば、「ちょ、ちょっと待ってくだせえ」と引き止められた。


「なんだ?」


首を傾げた俺を見て、店主が「お貴族様っていうのはもっとえらぶってるものかと思ってましたけど、お兄さんはびっくりするくらい人がいいですね」と言われた。

よくわからないが褒められてそうなので「ありがとう」と返しておく。

店主は笑みを残しながらも、申し訳なさそうに眉を寄せた。


「あのお客様は初見さまですよ。『げーむぼーい』とかいう聞いたこともない魔道具を探しているそうで、目当てのものがないと知ってすぐにお帰りになりました」


先ほど渋ったのは何だったのかと言いたくなるほどあっさりと情報を開示してくれる店主。

でも、彼女はここに現れる可能性は低いらしい。

…行きつけなら、通っていればいつか会えるかもと期待したのに残念だった。


「長居して悪かったな、支払いは王宮につけてくれ」


店主は毎度ありと嬉しそうに手を打った。

…そういえば値段を聞いてないな。


「ーーー多少は上乗せしていいが、常識の範囲内の値段にしてくれ」


一応釘を刺しておけば、店主が面白い冗談を聞いたとでも言いたげに大口をあけて笑った。


「ローゼシエ様相手にそんな商売はしませんよ、俺だって残虐王は怖いです」


なんで俺の名前を?

怪訝な顔をしていれば、店主が「有名人は大変ですね」と笑って後ろを指さした。

振り返ればーーー露天を取り囲むようにして、物凄い人だかりができていた。

俺が視線を向けたせいか歓声が上がる。わざわざ用意したのか「ローゼシエLOVE」なんて紙を掲げている人までいた。


…元から騒がしかったせいで指摘されるまで全然気づかなかった。


俺はたくさんの人間はあまり得意ではない。

カラフルな目が俺の一挙一動に注目している、それだけで少し気分が悪くなった。


「失礼する」


店主と後ろの人々に軽く手を振って俺は転移で自分の城へと戻った。

寝室にはニーヴがいた。

勉強をしていたようで、教科書片手に難しい顔をしていたがーーー俺が現れれば、顔を上げて「お帰りなさい」と言ってくれる。


「ただいま」


俺はニーヴに買ってきた包みを渡すと、彼女の反応もろくに見ずに寝台へ向かった。一人でゆっくり考えたかった。


キングサイズのベットに倒れ込む。

洗浄魔法がかかったシーツの上で、手足をいっぱいに伸ばした。


気を抜くとすぐに宝石のようなあの人のことばかり考えてしまう。

こんな経験は初めてだった。

自分が何かを欲しがるタイプだなんて知らなかった。

身体の中の魔素が沸き立って、いつもよりも世界の色が鮮やかに見えた。


ゴロンと寝返りを打つと、頬をかすめていった魔素の温度がいつもより高いことに気づく。


「なんか扱える魔素の量が増えてる?」


手を水で掬うように動かせば、競争するみたいに魔素が集まってきた。

…気のせいじゃないな?


俺はすぐさま身体を起こした。

じっとしてられなかった。

シリル君に報告したかった。きっと喜んでくれる。


俺はしもべ魔獣を呼び出して、シリル君に言付けをした。

「話したいことがある」と。

もう夜だったが、シリル君が普段深夜まで執務をしているのをよく知っているので、邪魔はしたくない。

楽しい気分で魔素と戯れていれば、すぐさましもべ魔獣が返ってきて、一緒にシリル君も現れた。


「どうした?何かあったか?」


天蓋から顔を出せば、心配そうなシリル君が壁際に腕を組んで立っていた。

俺はすぐさま寝台から出て、足にスリッパを引っ掛けながら、シリル君へ向かって飛んだ。


「聞いてよ、今日ね、街で不思議な人を見かけたんだ」


自分の声が弾んだのがわかる。

シリル君は俺にとって大事な人だ。だから喜びを共有したくて。


でも、シリル君は俺の言葉で凍りついたように動かなくなった。

ーーー予想外の反応に、俺の中の喜びが萎んでいく。

それでもやっぱり聞いて欲しかったので、俺は躊躇いながらも話を続けた。


「青竜に連れられて一緒にブリテン国境側の市場を眺めてたんだ」


俺の言葉でシリル君の表情の強張りが解けた。

俺までほっとしてしまう。

「プロイセンで見たのか?」と聞かれたのですかさず頷く。


「…じゃああいつじゃないな」


シリル君はそう呟いてから「どんな人だったんだ?」と聞いてきた。


「黒のローブで、夜空みたいな綺麗な髪をしててーーーその人が話してた店主に聞いたんだけど『げーむぼーい』っていう魔道具を探してたんだって」


言ってしまってから、俺は後悔した。

シリル君の顔色が白を通り越して土気色になっていた。


ーーーバカでもわかる、俺は会ってはいけない人に会ったらしい。


口をつぐんだけど遅かった。

どうして言葉っていうのは口にしてから戻せないんだろう。

シリル君がここまで動揺するってわかってたら、俺の中にしまっておいたのに。

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