最終話 妄想裁判公判 被告人質問 後編
「今回の裁判で目撃者として出廷されている女性とは、何年ぐらい前から面識はありますか?」
「8年ぐらい」
「先ほど、『貧乳、短足扱いした事の復讐』と話されてましたね。詳しくお話願えますか?」
「はい。数年前、帰りに受付の前で顔を合わしたとき、かって一世を風靡した女性歌手の死亡記事の事を目撃者に話しました。どんな女性だったか訊かれたので、『胸の立派な脚の長い素敵な女性。丁度、貴女とは正反対の身体だね』と答えてしまいました。
勿論、冗談が通じるとの見込みからです。その時以来、彼女は私に笑顔を見せなくなりました。
それからずっと、復讐の機会を窺っていたものだと思います」
「そんな事がありましたか。じゃ、貴方は目撃者が原告と共謀して、貴方を陥れようとしたとお考えなんですか?」
「いいえ。共謀してと言うよりも、目撃者が原告を利用したのではないかと思っています」
「続けて下さい」
「私のアメリカ仕込みのスキンシップ多用な行動に目を付けて、数年前の”貧乳、短足”扱いされた恨みを晴らそうとしたものだと思います。気の強い、頭脳明晰な彼女が少しスローな原告を利用したのではないかと思います」
「共謀はしてないのですね?」
「彼女が原告に私の悪口を吹き込み、洗脳したものと思っています。原告の偽証は自分の意志ではなく、目撃者によるものだと思います」
「目撃者はフロント担当のようですが、キーの受け渡しの時、貴方は目撃者や他のスタッフの手を触ったりしてませんか?」
「全く、そんな事はしてません」
「腹筋運動の時、『被告人は原告の周りをウロウロしながら掌で背中、肩を触っていた』と目撃者は証言していますが、どうなんですか?」
「偽証です。腹筋台の周りをウロウロしてたら、触りようがありません」
「目撃者は受付から鏡までは、12.3メートルと言ってますがそんなものですか?」
「まあ、そんなものです。鏡の左端と右端では、受付から50センチの差が出ます。目撃者はどちらを指したのですか? 誰も確認してないでしょう。皆さん、杜撰ですね。
それに、鏡までの距離だけでは無意味でしょう。そこから現場までの距離が取り上げられていない。そちらの方が重要でしょうが」
「そうですね。取り合えず、真ん中までの距離として進めます。目撃者は鏡越しで腹筋台まで1.2の視力で原告、被告人の様子がはっきり見えたと証言していますが、見えると思いますか?」
「見えることは見えます。私の親友の計測の結果、腹筋台までは、鏡経由で18.5メートル。前屈現場までは、同16.5メートルです。
ただ、手の動きは見えてもそれが身体に触れてるかどうかの判別は難しいかと思います」
「目撃者はこう証言しています。『被告人が原告の臀部を上下に何度も触っているのを鏡越しに見た。それから、原告を助けようと現場近くまで歩いて行った。そこで、直接見たらまだ同じように触っていた。
現場近くまでは4~5秒かかった。そこから現場までは2~3メートルです』。
どうでしょう。この証言は貴方の認識に合致していますか?」
「いいえ、完全な偽証です。私が原告の臀部付近に触れたのは下から上に1回だけで、原告の証言とも一致しています。
目撃者の直接目撃位置から前屈現場までは、親友の計測によると、4.7メートルあります。この場合、受付から鏡越しには見えません。
もし仮に2~3メートルだとしたら、受付から直接目撃位置まで、ず~っと鏡に映っています。空白の4~5秒など存在しません」
「もしも目撃者の勘違いで、実際には4メートルほどで、受付では鏡には映っていたとしたらどうでしょう?」
「どちらにしても、受付で鏡越しに見えたのであれば、直接目撃位置までず~っと鏡越しに見えます。偽証に疑いの余地はありません」
「分りました。ところで、貴方は施設から要注意人物として扱われているそうなんですが、心当たりはありますか?」
「明白にありますね。納得できなく、クレームをつけた事が何度もありますが、必ず店長は居留守を使っていましたね」
「詳しく話してくれますか?」
「最初のは、8年ぐらいも前の事ですが、それまではチェックイン後、キーをフロントに預けて外出が可能だったんです。それが外出しようとして、急に外出禁止を言われました。
店長交代で方針が変わったのかもしれませんが、予告なくだったので、翌日早速店長にクレームをつけようとしたのですが、居留守を使われまして、代理の副店長につけときました」
「その他では?」
「4年ほど前に消費税が5%から8%に上がりました。殆どの会員は月会員で、1か月ごとに口座引き落としだから問題ありません。
私のような古くからの常連会員は1年分一括の年会員がおります。私の場合は4月~3月まで、既に1年分払っているにも拘わらず、10月の引き上げ月から3%分を請求されました。
消費税が5%の時点で1年分を年会費として支払い済みなのに、何を非論理的な事をいうのかと明確にクレームをつけときましたが、この時も代理人です」
「その他には?」
「窓口ではいつも居留守を使われるので、フロアーやプールサイドで、わざと声高に話したのは、”プールやバスルームに汚物が浮いていた件”。
施設では汚物を回収し、プールの洗浄、消毒を行い、市役所の汚染検査もパスしたので問題ない。解決済みとの事でした。
でも気持ち悪い事に変りはない。プールの水はすべて入れ替えるべきです。
ラーメンの汁にハエが飛び込み自殺をしたら、ハエをかたずけてもラーメンは食えない」
「まだ、ありますか?」
「『サービスはどんどん悪くなり、優秀なインストラクターはみんな有料になり、残っているのは素人ばっかり。会費の値上げだけは他社の倍のペースだ。年内には退会するわ』といった事も無遠慮に話してました。これじゃあ、嫌われますわな」
「そのクレームの件で、施設は貴方の事をどう考えていると思ってましたか?」
「普通に考えたら、退会させたいでしょうね」
「最後に、確認したいのですが、原告に前屈ストレッチを教えようとした意図は何ですか?」
「このハムストリング・ストレッチは我々ランナーにとって、アウトドアーでのトレーニングに大変有効なものです。私は近年腰が硬くなった精で、このストレッチが思うようにはできなくなっています。
腰を柔らかくする術があれば、そのノウハウを得たかったのです。その為にまず、このストレッチの有効性を、彼女自身で実感して欲しかったのです」
「もう一つ。ストレッチを教える時、部位に触れる意味は何でしょう?」
「効果アップの為。常識です。筋トレにしろ、ストレッチにしろ、その部位に触れて意識を高めて、効果をアップさせるのはアスリートにとって常識です」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
翌月、判決が下された。
主 文
被告人を………………………………………。
完
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