第26話 KG法律事務所
それからまもなく神野は、高等裁判所での国選弁護人の決定通知書を受け取った。KG法律事務所のKo弁護士である。積極性のある人であれば良いが。
弁護人の控訴趣意書の提出期限まで残り1か月である。早速電話して、大阪にあるKG法律事務所を訪ねることにした。前月から猛威を振るい始めたコロナ禍の中、スマホのマップ・データの不調で30分遅刻で到着。
Ko弁護人も30代ぐらいの男性弁護士である。コロナ対策でお互いマスク着用の為、顔がよく分からない。
一通りの挨拶の後、Ko弁護人の方から話が切り出された。
「簡易裁判所での原告および目撃者の尋問調書、被告人の供述調書、それに判決文はここにあります。後でコピーを送りますが、読んでみますか?」
(それは、何をおいても読んでみたい)
「はい、是非」
調書を読む神野を見やりながら、Ko弁護人は話を続ける。
「それ、読んでみましたが、私もあの判決はおかしいと思います」
「そうですよね。証言が不一致ですよね」
「はい。それに、被告人の供述についての文章が抽象的で意味不明です」
「……」
「それと一緒に、控訴趣意書を送りますので、目を通してもらって気になる点とかあれば連絡してくれますか?」
「分かりました。実は一つ、重要なお話があります。目撃者の女性ですが、彼女は自分の身体に大きなコンプレックスを持っていると思います」
神野は高等裁判所ではどうしても奈穂の偽証を証明したい。偽証の理由の状況証拠をKo弁護人に説明し、そこを突いてもらえれば偽証は証明できると考えていた。
神野は3年前のKスポーツジムでの奈穂とのやり取りを話した。それに神野と藤谷慶との親し気なペアストレッチ、他のアスリート仲間の女性会員へのストレッチ指導を彼女が複雑な気持ちで見ていたであろうことを。
だがここで、神野は驚くべき事実を知ることになる。
神野は高等裁判所では、裁判官、弁護人、それに検察官まで担当が全て代って、最初から公判が行われるものだと思い込んでいた。それだと、Ko弁護人とのコミュニケーションさえしっかりしていれば、自分の訴えたいことはすべて話すことができる。一度経験した自分は誰に何を質問されようと、もう二度とスベることはない。
ところが…世間的には常識なのか? 法律音痴の神野にとっては衝撃的だった。証言、証拠提出は簡易裁判所で終わっており、高等裁判所では誰も証言台に立つことはないという。被告人の出頭は自由だが、発言はできないとのことだった。
簡易裁判所での原告及び目撃者の各証人尋問調書、被告人供述調書を基に、判決文に対する事実誤認の、弁護人による弁論だけで終わるとの事。
Ko弁護人は『被告人と目撃者の過去のしがらみは簡易裁判所では取り上げられていないので、趣意書からは外します』としか言わなかった。
神野にとっては、大衝撃だった。
更に…。
「原告と目撃者の証言が大きく食い違っているのに、何故『重要部分で一致している』になるんですか? 『疑わしきは罰せず』ではないんですか?」
この神野の質問に対するKo弁護人の返答にも驚き!
「立て前はそうなんですが、現実は裁判官の判断です」
「えっ?…」
神野は言葉を失った。そして、更に
「西宮の簡易裁判所には、無資格の裁判官がいます」
「えっ、そうなんですか?」
信じられないことばかりだ。
Ko弁護人の最後のこの言葉だけが救いだった。
「大丈夫ですよ。高裁の裁判官はみんな資格をもってますから、きっちりやってくれますよ」
それからまた何日か過ぎたある日、神野は奈穂と裕子のN警察署での供述書を改めてじっくり見たいと思いX法律事務所を訪ねてみた。K弁護士は無表情ながらいつもの部屋に通してくれた。2人の供述内容を再確認したかったのであるが、法廷での資料しか見せられないとの事。
(何故だ? 法廷で出されなかった資料は、『証拠にならない』という事か?)
真実を知りたい。以前、ここで見せられた彼らの供述内容と公判での供述内容に不一致点が幾つかあった。神野はそれを確認したかったのである。
2人がN警察署で描いた現場の図と写真の写しを見せてもらった。以前にこの部屋で見せてもらってるはずだが、気がつかなかったのだろうか?
裕子の描いた図は裕子と神野の立ち位置が実際とはまるで違う。神野の記憶している位置より南に2メートルほどもずれている。どうやら、事前に奈穂と2人で打ち合わせたようだ。彼女の入れ知恵だろう。
更に、奈穂の描いた図と写真で衝撃的な事実を知った。迂闊だった。なんで気づかなかったんだろう?
奈穂が直接目撃した場所が南側の通路北端になっている。今の今まで、神野はずっと北側のフロアー内だと思っていた。公判が終わって、今頃この事実を知った。何という”うかっぽ (土佐弁でまぬけ)”。神野は2枚の現場の図のコピーを貰い、X法律事務所を後にした。
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