第23話 N簡易裁判所公判4 被告人質問⑥

 神野のモヤモヤお構いなしに、Ka検察官の質問は続く。

 

「先ほど警察官の取り調べを受けた話の中で、訂正できるならいいと思って署名したというのがありましたよね?」

「はい」


「取り調べで調書を作られているのは2回だと思いますが、11月と12月に夫々作成されています。日付は間違いないですか?」

「覚えてないですね」


「2通作ってますが、訂正できるならいいやと思って署名したのは1回目の話ですか?」

「1回目の話です」


「その時、先ほどぽろっと話に出てきましたがこういう事に詳しい人がいるから、その人に相談したいみたいな話ありましたよね?」

「はい」


「その人は弁護士さんか誰か法律関係の人ですか?」

「いえ、違います」


「どんな人ですか?」

「まあ、身内ですけど」


「詳しいというのは、何かそういう仕事をされていたということですか?」

「元警察関係者です」


「取り調べが終わって、その人に相談されましたか?」

「いえ、してないです」


「何故ですか?」

「訂正できるという事なんで、それならわざわざ身内に…。あまりいい話でもありませんし」


「訂正したいと思った内容とは、具体的に何ですか?」

「条例の中に、『著しく不快な思いをさせた…』というのがあったんで。私は犯罪意識は全くなく、『著しく不快な思い』などさせていない。相手はともかく、私自身としてはそう思ってたんで」


「そこを訂正したかったわけですか?」

「そこがメインですね」


「今回お尻を触ったとかいう話が調書に載っているんですが、その点はどうですか?」

「これは警察官からあまりに圧倒的な言われ方で…。自分としてはスライドで止めたつもりでも乗り越えてた可能性もありますよね。はっきりとは自分でも分からない」


「否定しきれないから、間違いないだろうという言い方をした?」

「間違いないとは思ってないけど、どちらとも言えない」


「訂正するほどでもないと思ったわけですか?」

「裁判になったら訂正しますが、厳重注意で済むというレベルであれば、別に構わないかと」


「その後、12月にも取り調べを受けていますが、訂正を申立てした内容にはなってませんが、それは何故ですか?」

「別に…、厳重注意程度であれば…。喧嘩して、また5時間もというのはいい加減うんざりなんでね」


「今年5月に、検察庁で取り調べを受けていますよね。その時、警察官の調書の内容に間違いないですかって訊かれませんでしたか?」

「たぶん、訊かれたと思いますが」


「その時、何て答えましたか?」

「よく覚えてないけど、一応『判を押します』という言い方をしたと思います。


「その時の調書によると、警察で作ってもらった調書の通り間違いありませんとなってますが、そんな話をしたんじゃないですか?」

「向こうが言った何かそのような事に対して頷いたような…」


「検察官に略式手続きというものの説明を受けたことは憶えていますか?」

「それは憶えています」


「どういう説明を受けました?」

「裁判所に行かなくても罰金だけで終わる。罰金を拒んだ場合、1日5千円の労働が課せられる。それから、略式裁判で終わらせたいようなこと、つまり正式裁判になったら自分の知ってる人が見に来るかもしれないのでやめた方がいいといったことを繰り返してました」


「それで、罰金刑に処されるのは分かっていたわけですね?」

「そうです」


「さっき5千円から1万円で済むっていう話をしてましたが、それは検察官からそういう風に言われたんですか?」

「いいえ、私の勝手な…」


「勝手にそう思い込んでいたって事ですか?」

「まあ、そうですね」


「貴方自身は5千円、1万円で済むのならいいやと思って、略式手続に応じることにしたと?」

「不本意ではありますが、裁判になると困る大事な予定があったものですから」


 最後に、Na裁判官が質問に立った。


「貴方は前屈をしている時に、被害者の原告女性の太ももの裏を触ったわけですよね?」

「はい」


「前屈をして下さいと頼んだのは、自分はできないから、やってみてくれ、見せてくれという事だったんですかね?」

「というか、自分は硬くてできないけど、普通の人だったらできるということを言いたかったんですが…」


(本当はそんな事よりずっと言いたい事があったんだけど…)


「それで、貴方が教えてあげようと思ったんでしょう?」

「そうです」


「その時に触ったわけですよね?」

「私はスライドさせたと」


「その目的をもう1回言ってくれませんか?」

「ストレッチングをするのに、この部位に効果がある、その部位を示すためです」


「こういう前屈の姿勢をとってストレッチングを行うと、ここの部位に効果があるんだという事を教える為に一定の範囲のところを触ったという事ですか?」

「そうです」


(厳密には、部位を意識する事でストレッチ効果を高める為)


「何かのはずみで手を触れたとか、当たったとかではないという事ですね?」

「臀部の場合はちょっとぶつかったような感じだったんですが…。これははずみっていうか、臀部のところに当たって、そこで止めてるような感覚だったんだけど、はずみで乗り越えてる可能性はありますね」


「触る部位がどこであろうと相手が不快感を感じる部位もあるんだということは分りますか?」

「それは分ります。今回一番認識していることです」


 これで、原告、目撃者、被告人への尋問、質問はすべて終わった。


 神野はどうもスッキリしない。こんな程度のやりとりで判決が下されるのか。正しい判決を下す事が本当にできるのか?

 検察官と弁護人の激しいやりとりを期待していた神野には、中高生の模擬裁判みたいで物足りなく、自分の言い分も言い切れなく何かモヤっとした感じで終わった。


 それにしても、自分の答弁の下手さを改めて呪わしく思う。

(高裁での勝負になるかな?)


 神野は一度着席の後、再度被告人席に呼ばれて預金額、月収、家賃等を訊かれた。裁判費用を負担してもらうかの判断の為とかふざけた事を言っていた。この時点では既に、有罪を決めていたことになる。『有罪になった場合に』の一言がなかった。



                        to the next Episode


 


 














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