第16話 N簡易裁判所公判3 目撃者尋問④
続いて、K弁護人が尋問に入った。
「まず確認させて頂きたいのですが、貴女が、被告人が原告女性のお尻を触っている場面を確認した手段というのは2つあるんですね?」
「はい、2つあります」
「鏡越しで見たのと自分の目で直接見たのと?」
「はい」
「鏡越しでお尻を触っているのを確認されてから直接目で確認するために貴女は移動されましたよね?」
「はい」
「鏡越しで確認してから、目で直接確認するため移動をし終えるまでの時間はどれくらいありましたか?」
「4~5秒くらいです」
「貴女が鏡越しで確認された際には、被告人の掌は原告女性のお尻にあったんですね?」
「はい」
「貴女が近くに行き、直接目で確認したときにも被告人の掌は原告女性のお尻にあったんですか?」
「はい」
「では貴女からすると、移動をし終えるまでの間の4秒間ずっと触っていたというお考えですか? そこは分からない?」
「そこは見ていないので断定はできませんが、目の前で見た時はお尻を触っていたので、私は触っていたと思います」
この時点では、神野は奈穂の鏡越しでの目撃位置を完全に誤解していた。
一人だけ現場写真を見せられていない彼は、東側にある入館、退館時の受付場所を目撃位置だとばかり思い込んでいた。更に、直接目の前で見たという位置も,
てっきり真逆方向の北側からだと思い込んでいた。
事件当時、神野の耳には北側から聞こえたように思えたのだった。その位置だと現場まで移動するのに4~5秒ではとても無理で10秒ぐらいはかかりそうだ。
またもや見え透いた嘘をつくものだと思ったが、この点では奈穂が正しく、4~5秒は妥当である。ただ逆に、直接見たという位置から現場までの距離が2~3メートルはありえず、4~5メートルはあるだろう。これは完全に偽証である。
また逆に、西側の受付からだと目撃者のいう最初にケツを触ったのが鏡越しに見えたのなら、直接見るために現場近くまで行く間ずっと、鏡越しに2人の姿を見続けるはずである。途中に、何ら障害物はなくまっすぐに行けたはず。何故そうしなかったのか?
このことを弁護人なら追求しなければならない。鏡越しに目撃した受付場所と鏡と現場の位置関係さえしっかり掴んでいれば、偽証は明らか。難なく冤罪を証明できたのではないか。
その前に、奈穂が鏡越しに見た受付場所を神野が誤解していることに、弁護人が気がついていないのが問題であろう。神野はメモ程度の全体図と自身の思い込みのため完全に勘違いしていたのである。
K弁護人の尋問は続く。
「鏡越しにお尻を触っている時の様子をお伺いしたいんですが、その時の被告の手の動きというのは上下に動いている?」
「はい」
「原告女性の臀部に触れた状態で上下に動かしている様子でしたか?」
「はい」
「鏡越しで見ていた限りなんですが、何秒ぐらい上下に動いているようでしたか?」
「触った瞬間に近くまで寄って行ったので、1~2秒ですぐに向かいました。
「貴女が被告人と原告女性の近くまで移動してからも、被告人は原告女性のお尻を触っていたんですね?」
「近づいて見た後は離れました」
「離れたのは貴女が声を掛けたからですよね?」
「はい」
(違う。自分が離したから声を掛けた)
「移動してから目の前で被告人が原告女性のお尻を触っている様子を確認する。で、声を掛ける。その時間は何秒くらいでしたか?」
「私が実際にその場に行くまでですか?」
「いえ、その場に行く。原告女性と被告人の様子が目に入る。それから貴女が原告女性に声を掛けるまでの時間はどれぐらいありましたか?」
「声を掛けたのはすぐです」
「2人に近づいた瞬間に声を掛けたということですか?」
「はい」
I検察官の尋問には、何度も上下に動かしていたと証言している。それも鏡越しに見た時も直接見た時もである。しかし、神野が手を動かしたのは原告女性の証言通りであり、ただ一度だけふと股からケツの付け根に向かってスライドさせただけである。
原告女性と目撃者の証言内容が大きく食い違っていることを、何故K弁護人はここで厳しく追及しないのか?
それに、現場近くに移動する時、何故鏡を見てなかったのか?
受付から鏡越しに見えたのなら、現場近くに移動する間、確実に鏡には映っている。
神野はK弁護人の弁護能力に疑問を感じ始めていた。
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