第6話 K地方検察庁
4月になり暖かく、神野にとって森林公園のジョギングも楽になった。
元号ももうすぐ令和に代る。
そんなある日、彼宛にK地方検察庁から一通の封書が届いた。
話を聴きたいので出向いて来て欲しいとのこと。やはりN警察署だけでは済まなかったのか。神野は自分の短気さを恨めしく思った。
N警察署ではグルになって、自分が犯罪者であると暗示をかけようとしているのが明白で腹立たしくもあり、また担当警察官が幼稚っぽくも見え、少し自分の態度がでかかったのかもしれない。
Kスポーツジムの店長やその周辺の連中に嫌われたように、N警察署の担当者にも嫌われたのであろう。
翌月、指定の検察庁に出向いた。すぐさま、2階の部屋に案内された。中には仏頂面した30代後半と思われる検事らしい男が待っていた。
どこかで見たことのある顔だと思ったが、単にイースター島の石の住民に似ているだけのことだった。
彼もまたN警察署の連中と同様、いきなり神野を犯罪者扱いし、喧嘩をふっかけてきた。一通りの挨拶の後、
「女性のお尻に触っちゃだめでしょうが!」
紳士的なやり取りに終始すると有罪にしにくいのだろうか?
テレビドラマで観た女性検事のようなフェアーなやり取りを期待していたのが一瞬にして消え失せた。
「あんたは俺に喧嘩をふっかける気なのか!」
「いいえ!」
神野の斜め後ろに控えている女性が会話記録を取っていたようだが、神野は初めに血が上った精か、やりとりの内容はあまり憶えていない。
ただ、「『触った』のではなく、『当たった』だけだ。他動詞でなく自動詞だ」とはっきり言った後、
「他動詞の『する』じゃない」と言ったら、
何ということか、「『する』は自動詞ですよ」と返してきた。
呆れた神野は、「『する』が自動詞なら、他動詞は何だよ?」と訊いたら、
「『させる』ですよ」ときた。
「それは『使役動詞』だろ! あんたは理系の俺より日本語知らんな」
こんなつまらぬやり取りがあったのは憶えている。ここでも随分嫌われたようだ。
検事はN警察署での供述書を簡素化したような書類を見せ、サイン等を求めてきた。法律音痴の上、早く帰りたい神野はさっさと求めに応じた。
まだこの時点でも裁判になるとは思っていなかったのである。
そんな彼も帰りがけの検事の一言でやっと覚醒した。
「私は罰金刑にしようと思います。簡易裁判だと何も貴方はすることはありません。正式裁判だと公開になりますので、貴方の知り合いと顔を合わすことになるかもしれません」
簡易裁判と言う名称からして最も安価で、単純な事件に適用されるのであろう。
神野は5か月後に大きなイベントを予定していた。インド洋のレユニオン島で開催される100マイルレース出場である。簡易裁判だとレース出場に支障はない。恐らく5000円か1万円程度の罰金であろう。
ストレッチングの指導をして罰金とは納得できないが、このレース出場、その先の完走は神野の長年の夢だった。やっと今年、定年退職をして密かな夢を叶えるチャンスなのである。
だがしかし、……検事の次の言葉でギクッとなった。
「罰金に応じない場合は、1日5000円での留置所生活となります。例えば、罰金10万円だとすれば、20日間ですね」
例えば……でも、1万円や2万円の場合に10万円とは言わないよな。
取り合えず、神野は簡易裁判にサインした。
帰宅後すぐ、ネットの『弁護士無料相談』に電話してみた。この手の簡易裁判だと10万~30万円が相場とのことだった。
神野はN警察署での供述書にサイン等をしたのを悔やんだ。
もうここまできてしまえば、供述書の訂正は裁判でするしかない。
供述書には自分の使った言葉は無視され、警察官の意のままになっている。これでは簡易裁判だと10万円くらいの罰金になるかもしれない。
神野は正式裁判で争うことを覚悟した。
後日、N簡易裁判所から30万円の罰金刑の通知が届いた。怒りに燃えた神野は即、正式裁判で争うべく返事をした。
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