第118話 乗り合い馬車

 時刻表がないからどのくらい待つのかわからない。


 でも、同じルートを複数台で回ってるらしく、そんなに待たなくてもいい、はず。前のもここに来てすぐに来たしね。


 そう期待しながら待っていると、ずいぶん経ってから次の馬車が来た。予想は大外れだった。


「どこまで」

「ペレス地区までお願いします」


 御者のおじさんが差し出してきた手に切符をのせると、おじさんは、ん、とあごで荷台を示した。


 やっと乗せてもらえる。


 私は馬車の後ろに回った。


 馬車の車体は、普通「馬車」と聞いて想像するような箱形ではなくて、軽トラックの荷台のようにオープンだ。どっちかって言うと「荷馬車」のイメージに近い。


 車体の上には進行方向と平行に向かい合ってベンチ――というか、長細い木箱が置いてあって、ぺらっぺらのクッションで辛うじて座席の体を保っている。


 後ろのステップを使って車体に上がると、一緒に乗っていたのは三人。普通の街の人って感じ。私もそう見えてるのかな。


 私が空いている席に座るか座らないかのタイミングで、馬車は走り出した。


 思ったよりも揺れる。


 っていうか、ガタガタどころか、ガッタンガッタンと揺れている。


 薄いクッションは緩衝材として全く機能していなくて、お尻が浮くほどに大きく揺れることもあった。


 しっかり口を閉じていないと舌をみそう。


 私はへりをしっかりとつかんだまま後ろを振り向いて、車輪を確認した。


 なんと車輪は木でできていた。


 そりゃそうだ。ゴムタイヤなんて高性能なものがあるわけないもんね。


 今まで何度も馬車を見て来たけど、車輪の素材なんて気にした事もなかった。


 これでひび割れたりがれたりした石畳の上を走れば、当然揺れるに決まっている。


 揺れを抑える構造――サスペンション?――だってあるのかも怪しい。


 前に薬草採りで王宮の外に出たときも荷馬車に乗せてもらった時も揺れたけど、ここまでではなかった。あれは土の道だったからなのかもしれない。

 

 それならわざわざ石畳にしない方がいいんじゃないの?


 駄目か。土のままじゃ、雨が降ったらぬかるみになる。石畳でさえ、馬車の重みでわだちができているくらいだ。


 車輪の外側は傷だらけで、むしろ石相手によく耐えているな、とさえ思った。


 真っ平らなアスファルトが懐かしい。それだってタイヤがパンクした自転車で通れば体に振動が伝わるってくるのに。


 今なら「我々ハ宇宙人ダ」って宇宙人の真似が出来そう。絶対やらないけど。


 ガチガチと鳴り出しそうな歯をぐっと食いしばって振動に耐えていると、馬車がゆっくりと止まった。


 どうやら次の停留所に着いたようだ。


 でも御者のおじさんから場所のアナウンスはなかった。てっきり、バスや電車みたいに、地名をアナウンスしてくれると思っていた。


 それじゃあ、私が降りる所、わかんなくない?


 ペレス地区って名前しか知らないのに、どこで降りたらいいかなんて見当もつかないよ。


 道路標識もなんてないし。


 でも、少なくともここではないよね。ペレス地区は遠いんだから、こんなに近いはずない。


 どうしようと思っていると、一人が降りていって、代わりに別の人が馬車に乗り込んできた。


 すぐに馬車が走り出す。


 そしてしばらくした後、また止まった。


 そこに馬車を待っていたらしき人はいなかった。降りていく人もいない。


 着くのが早すぎて時間になるまで待ってるのかな、と思ったら、目の前の店からわらわらと人が出てきて、御者のおじさんと共に車体の後ろに回ってきた。


 すると、乗客たちがみんな馬車から降り始めた。


「あんたもどいとくれ」

「え?」


 御者のおじさんにしっしっと追いやられるようにして、私も馬車から降りる。


 おじさんは座席のクッションを一つにまとめて床に放り投げると、さっきまで私が座っていた木箱を開けた。


 そこからおじさんが取り出したのは木箱だった。


 それを集まってきていた人に渡す。


 中にはリンゴみたいな形をしたピンク色の実が一杯に入っていた。


 受け取った人は店の中に運んでいった。


 なるほど。乗客と一緒に荷物も運ぶんだ。


 荷物を下ろすためにお客さんを一度降ろすって発想がすごいけど、効率を考えれば理にかなっている。


 おじさんは次々に木箱を取り出しては渡していった。


 ふたが閉まっている木箱もあったけど、たぶん全部食材だ。


 出す物がなくなると、今度は木箱が運び込まれていった。


 積み込みが終わって座席の木箱のふたが閉められ、クッションが元に戻されると、降りて待っていた乗客たちがまた乗り込んだ。


 私も最後に乗ってさっきの席に座る。


 ガッタンガッタンという揺れに耐える時間だ。


 次に馬車が止まった時、私は一緒に乗っていたおばさんに話しかけた。


「あの、ペレス地区ってまだ先でしょうか」

「まだ先だよ」

「何か目印とか、ありますか?」

「ちょっと待ってな」


 おばさんは立ち上がり、馬車の前の方へと歩いて行った。


 何かを御者のおじさんと話して、すぐに戻って来る。


「ペレス地区に着いたら教えるよう、頼んどいたよ」

「ありがとうございます!」


 なんて親切な人だろう。


 御者に頼めば教えてくれる、という情報もありがたかった。次はそうしよう。




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