第119話 ペレス地区
何度か停留所に止まって、人が乗り降りしたり荷物を出し入れしたりした後。
「嬢ちゃん、降りな」
馬車を停めた御者のおじさんが御者台から振り返ってそう言った。
「ペレス地区に着いたんですか?」
「そうだって言ってるだろ」
おじさんは不機嫌に言うと、両手で握った
やばい。出発する気だ。
前の馬車に置いて行かれた事を思い出し、私は慌てて馬車から降りた。
「ありがとうございました」
ぺこりとお辞儀して馬車を見送る。
そして、大きく深呼吸をした。
はぁ、新鮮な空気って最高。
というのも……。
馬車を
ペットの猫とかと違って、決められた所でするんじゃないんだよね。つまり垂れ流し。牽きながらアレをポロポロと出していた。
そんなのを放っておいたら道路がすごいことになってしまうから、後ろにはちゃんと袋がついていて、受け止めてられるようになっている。
けどさ……ニオイはどうしようもないんだよね。
動物園に行った時にかいだ記憶のあるあのニオイは、耐えられない程ではないんだけど、それなりにきつかった。
横を通り過ぎるときはそんなに気にならないんだけど、真後ろってのがね。
馬と車体の間にいる御者のおじさんは一日中なわけだけど、もう慣れてるんだろうな。
私は何度か深呼吸をすると、鞄から目的地までの地図を取り出した。
直線距離はそうでもない。でも、道が入り組んでいるから少し歩く。
ナビアプリが使えないのが不安だ。迷わないように気をつけないと。
「今はここだから、こっち、だよね」
周りを見回して地図の表記と照らし合わせ、進む方向を向いた。
大通りから外れて脇道に入れば住宅街だ。
ひたすらアパートが並んでいて、頭上では洗濯ロープにぶら下がった服がはためいている。
西洋風RPGの世界だけあって、ヨーロッパの建築物みたいに建物と建物の間はぴったりとくっついて一体化している。
それがずっと続いているから、なかなか次の曲がり角が来ない。十字路はほぼ無くて、ほとんど丁字路だ。
くるくると回すのはよくないと知りながらも、私は地図を回しながら進んで行った。
だんだんと道が狭くなっていき、ついに石畳ではなくなって、
でも、薄汚れた裏通りという感じはしない。
大通りから比較すればピカピカではないけど、陰気な雰囲気ではない。家の前で子どもが遊んでいるし、その子どもも極端に
ごく普通の人の家という印象。
こういう所ならもっと安く住めるだろうけど、さすがにギルドから遠すぎる。毎日馬車代を払っていたら逆に高くついてしまう。
「ここ、かな?」
私は一棟のアパートの前で立ち止まった。
ワイン色の壁。三階建て。
うん、間違いない。
番地も建物名もないなんて、郵便屋さんや宅配の人が困るんじゃないかと一瞬思ったけど、普通の人はそんなの使わないんだった。
魔導具師のおじいさんは、ここの三階に住んでいるはずだ。
オートロックのインターホンがないなんて、なんだか人の家に勝手に入るみたいと思いながら、緑色の木のドアを開けた。
中は窓が小さくて薄暗かった。
念のためランプの魔導具を
目の前は木の階段。「脚立かな?」と思うくらい急だ。
左右にドアがある。一階の部屋の玄関なんだろう。
ギシギシと鳴る階段を上って二階へ。さらに三階へ。
右側のドアについている表札と、リーシェさんに書いてもらった名前を見比べる。
念のために左側のドアの表札も見て、全然違う事を確かめた私は、トントンとドアをノックした。
しばらく待って、今度は強く叩く。
何も起こらない。留守なのかな?
ドアのノブに手を掛けて――。
「開いた……」
ドアには鍵が掛かっていなくて、すんなりと開いてしまった。
「すみませーん、誰かいませんかー」
頭だけ入れて恐る恐る声をかけてみる。
勝手に入らなければ不法侵入にはならないよね!?
やっぱり返事はなくて、私は声を張り上げた。
「すみません! 誰かいませんか!」
「おー」
誰かいる!
声はしわがれていて、たぶんおじいさん本人のものだろう。
「入ってくれい」
「失礼します!」
許可を得たので、私はおじいさんの家に足を踏み入れた。
「こっちじゃ、こっち」
声に従って玄関を抜け、声のする部屋へと向かう。
誰だか確かめもせずに家に入れちゃうなんて不用心過ぎない? 強盗だったらどうするんだろう。
ドアを開けた瞬間に殴られたりして。
一応身構えながら、私は部屋のドアを開けた。
部屋の真ん中にどんっと置かれたテーブルの向こう側に、白髪と
テーブルの上には、色々な魔導具がごちゃっと置かれている。
見慣れた魔導具は全然なくて、私の知らないものばかりだ。
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裏表紙の帯画像がドラゴンノベルスの公式ツイで公開されたのですが、なんと、「コミカライズ企画進行中!」の文字が!(知ってた)
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