第96話 自分の店

「ギルドに報告する? 納税は国にするものだ。ギルドは関係ない」

「お金の計算って、ギルドでするんじゃないんですか?」

「なぜギルドがするのだ。お前の店なのだからお前がするに決まっているだろう」

「私のお店と言えばそうですけど、厳密には私のではないですよね?」


 私が首を傾げると、ミカエルさんも一緒になって首を傾げた。


「何を言っている?」

「ミカエルさんこそ何を言ってるんですか? 私は職員としてギルドの業務をやっているだけですよ?」


 魔導具師になるってなったときに、私が冒険者ギルドに残りたいと言ったら、リーシェさんがギルドに修理業務があってもいいんじゃないかって言ってくれて、それで私は正式な職員になった。


 だから、なんとなく「修理屋」って言ってて、私も「修理屋はじめました」なんて勢いで宣言しちゃったけど、厳密には「修理係」とでもいうのが正しい。


 ミカエルさんは、ぽかんと口を開けた。


 かと思うと、手を口に当てて顔をそらせた。眉間に深いシワができている。


「すまない。伝えるのを忘れていた」

「何をでしょう……?」


 向き直ったミカエルさんはひどく深刻そうな顔をしていて、私は身構えた。


「修理屋は冒険者ギルドの業務の一環ではなく、魔導具師セツの店として始まっている」

「えっ? どういうことですか?」

「冒険者ギルドの業務としようとしたところ、商業ギルドが反発したのだ。それで、セツは職員ではなく、冒険者ギルドに所属している修理屋として店を開くことになった。だからあの店は冒険者ギルド内にあるが、あくまでもセツ個人の店だ」

「私、職員として働いていたんじゃなかったんですか?」

「不発弾の性質変化も、修理屋として請け負っていることになっている。だからセツはもうギルドの職員ではない」


 なんてことだ。


 知らない間にギルドの職員じゃなくなってたなんて。


「でも工房もここにありますよね」

「ギルドから場所を借用している。わたしの工房でもあるから、賃貸料はわたしに請求が来ているはずだ」


 そうだったんだ。

 

 本当にあれは私のお店なんだ――。


 ちょっと感動しかけた私は、はっと重大なことに気づく。


「じゃあ私が税金払わなくちゃいけないってことですか!?」

「だからそう言っている」

「そんな……! だって、私、全然わかんないですよ!?」

「簡単だ。売上から費用を引いた利益に税率をかけて納めればいい」

「あ、そうなんですね」


 なんだ。結構簡単だった。算数はできる。なんとかなりそう。


「……ただ、少しばかり必要な書類が多いだけだ」


 ミカエルさんはまた顔をそらして、ぼそっと呟いた。


「書類? 計算式だけじゃダメなんですか?」

「会計処理には帳簿というものが必要でな。それに各種証跡をつけて提出し、審査を受けなくてはならない」

「はあ」


 何が大変なのか、いまいちピンとこない。


 帳簿って、要するに通帳とかお小遣い帳みたいなものでしょ? 一覧にすればいいんじゃないの?


 それを伝えると、ミカエルさんは渋い顔をした。


「どうやらそう簡単ではないらしい。わたしも任せきりで詳しくはないが」

「ミカエルさんがわからないなら、私はどうしたら……」


 こっちの世界――というかこの国の税金は、農産物の生産にかかる税金と、商売の利益にかかる税金だ。


 日本で言う、消費税や所得税といった個人にかかる税金は基本的にはない。代わりに成人男性には一定期間の兵役がある。


 税金は領でとりまとめて国に納められることになっていて、領主がその額を納めさえすれば、あとの税制度は自由にしていいことになっている。


 だから消費税とか人頭税とか固定資産税がある領もあるし、領主家が鉱山なんかの別の収入源を持っている領は逆に税金を低くしていることもある。


 王都は王領だから、国の税制度しか適用されないから、基本的に税金は安い。


 この辺は、王宮にいるときに一通り教わった。


 王宮で学んだのはこんなのばかりで、今思えば、貴族の人や偉い人には必要だけど、一般人には何の役にも立たないって事が大半だった。それより、洗濯の仕方とか、料理の仕方とか、ゴミ出しの仕方とかの方が余程大事だったのに。


 普通の人は、そこまでのことは知らない。知る余裕がない。子どもも仕事をするのが普通だから、学校もほぼない。


 絶対王政だから選挙に行くわけでもなくて、だから国にはどういう大臣がいて、どういう政策が行われていて、これから国はどう進んでいこうとしているか、なんて、誰一人として知らない。


 今の私だって、なんだかんだで目の前のことで精一杯で、結局文字を勉強する時間すら取れていない。


 日本でこういう社会の仕組みとか、数学とか化学とか古典とか芸術とか歴史とか、生きて行くのに必ずしも必要ではないことを勉強していたのは、すごく贅沢ぜいたくなことだったんだと思う。

 

 生活基盤が安定していて時間に余裕があって、基礎となる学力があってこそできる高度な学問だった。


 そうやって王宮でちょっとかじった知識が、今やっと役に立つ時がきた……とも言えない。


 商売をすれば税金を払わなくちゃいけないっていう知識があっても、具体的にじゃあどうすればいいかっていうのが全然わからないだもん!


「部下を呼ぶ。わたしの実務を任せている男だ。セツも一度あったことがあるだろう。ガンテと言うのだが」

「ガンテさん! 自己推薦状を作るのを手伝ってもらいました」


 手伝ってもらったっていうか、ほぼガンテさんが作ってくれた、というのが正しい。


「伝令を頼んでくる。セツは書類作成に必要な事柄をまとめておけ」

「わかりました!」

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