第93話 修理の課題

※書籍版から来て下さった方へ。Web版はびみょーに世界線が異なりますのでご注意下さい。


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 なし崩し的に始まった修理屋の初日、対応はてんやわんやだったものの、なんとか乗り切った私は、へとへとになって部屋に戻り、そのままベッドに倒れこんだ。


 どうやら爆睡したみたいで、次の日の朝は以外にもすっきりとした気持ちで起きることができた。寝坊しなくてよかった。


 ぱぱっと素早く準備をして、朝ご飯と出勤のためにアパートから出る。


 だけどそこには、いつも待っていてくれているはずのデルトンさんがいなかった。


 あれ? 珍しいな。寝坊?


 引き返して、デルトンさんの部屋に行ってみる。


 トントン。


 ノックをしても、デルトンさんは出てこなかった。


 いない……わけないよね。デルトンさんが私を置いて先に行くとは思えない。


 でも、何度ノックをしても、声をかけてみても、反応はなかった。


 一応ノブに手をかけてみたけど、鍵が掛かっていてドアは開かなかった。


 仕事に行かなきゃいけないから、いつまでも待ってはいられない。


「デルトンさん、私、先行ってますね」


 そう声をかけて、私は一人でレストランに向かった。


 一人で食べるご飯はさらに味気なくて、残念な気持ちになりながら出勤した。


 受付の前にちょうどリーシェさんがいたので、声をかける。


「おはようございます、リーシェさん」

「あ、セツさん、おはようございます」

「デルトンさんは今日はお休みですか?」

「それが……」


 リーシェさんは眉を下げた。


「デルトンさんはギルドをお辞めになりました」

「えっ!?」


 辞めた!? どういうこと!?


「お母様がご病気になって、すぐに故郷に帰らないといけなくなったと手紙が入っていました。今朝一番の便でったと思います」


 そんな……。


 こんなに急に出発しないといけないなんて、お母さんはよっぽど重病なんだろう。大丈夫なのかな。


「それで、デルトンさんの後任なんですが、セツさんにはもう護衛は必要ないのではという話になりました」


 リーシェさんはとても言いにくそうだった。


 元は、魔導具師の素質があることがバレた時に狙われるかもしれないから、ってデルトンさんをつけてもらったんだよね。


 魔導具師として登録されてもうバレてるから、関係ないってこと? なんだかもっと危なくなったような気もするけど。


「セツさんの身を案じていないという訳ではないんですよ。セツさんにはハインリッヒ家の護衛がついていますから。公爵家の護衛ならとびきり優秀でしょうし、有事の際は連携が取れなくて邪魔をしてしまうなど、逆に弊害があるのではと考えています」

「ミカエルさんの護衛がいるんですか!?」

「セツさんはミカエル様のお弟子さんですから、当然のことと思います」


 今来るときもいたってことだよね。いつから? 弟子になったときからだったら、二日前かな。


 全然気づかなかった……。


 入り口から外を見てみたけど、それらしい人はいない。当たり前か。


「それでよろしいでしょうか?」

「はい」


 ギルドからも護衛が欲しいですなんて、言える訳ない。そんな必要もない。


 ていうか、本当に危ないかもよくわかってないんだけどね。


 デルトンさん、お母さんの容態が落ち着いたら、王都に戻ってきてくれるかな。


 護衛は必要じゃなくても、もう会えないのは寂しい。


 

 * * * * *



 修理屋の仕事は、数日たつと落ち着いてしまった。


 というのも――。


「暇だ……」


 私は工房のテーブルの一つに両腕を伸ばして突っ伏していた。


 ――お客さんが全然来ないのだ。


 最初こそ物珍しさでわっと来たお客さんたちだったけど、落ち着いてみれば、メニューが少なくて、素材の持ち込みができないから割高な新参者の修理屋になんて、来る理由はなかった。


 冒険者ギルド内だなんて、立地だけでいえばピカイチなんだけど、その利点をもってしても需要がなかった。


 ベルなんて滅多に鳴らないし、鳴ったとしても、材料を渡すから安くしてくれっていう値下げの交渉だったり、休みの日を聞かれるなんてナンパみたいなのだったり。ちっとも仕事が入ってこない。


 投擲とうてき弾を「当たり」にする仕事はあるけど、どんなに多くても半日で終わってしまう。


「おい、暇ではないだろう。検証は終わったのか」


 さっきまで工房を出ていたミカエルさんが戻ってきていたらしい。


「終わりました。全滅でした」


 私はテーブルの上に残った蛍草ほたるそうたば水鱗すいりんの山を見せた。


 このところずっと私は修理の練習をしている。


 私の課題は三つ。


 一つ目は、修理と魔力の充填じゅうてんが使い分けられないこと。修理するつもりが充填になっちゃったり、ただ充填するつもりが修理しちゃったりする。


 二つ目は、修理を自分の魔力でしてしまうこと。素材を用意していても、それを使わずに修理してしまう。


 三つ目は、修理できる魔導具が少ないこと。正確には、修理したことのある物が少ない。


 一番深刻なのは二つ目だ。


 修理のたびに魔力を使っていては、魔力がいくらあっても足りない。


 調べてもらったけど、私の魔力量は無尽蔵でもなんでもなくて、一般人と同程度だった。魔法の素質があったとしても、強い魔導師にはなれないレベルらしい。


 三つ目の課題である、修理できる魔導具の種類も、それで増やせないでいる。いきなりやって、もし大量に魔力をもっていかれたら大変だからだ。


 初日の巨大ランプの事故もあって、ミカエルさんはメニューにある簡単な修理しか許してくれなかった。

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