第90話 来客のベル
「お前は
ミカエルさんは、信じられない、という顔をした。
「しようとしている訳じゃありません! できますよねっていう可能性の話です!」
詐欺なんてとんでもない!
「できるかできないかで言えばできる。だが発覚すれば厳罰だ。当然わたしも罰を受ける」
「ミカエルさんもですか!?」
「弟子の監督責任があるからな」
「私に修理屋させて大丈夫なんですか?」
「その点は信頼している」
まだ知り合ってから日も浅いのに、私のこと、そんなに信じてくれてるんだ。なんか嬉しい。
「セツには悪事をするような度胸はないだろう」
そう続けられて、がくっと私はバランスを崩した。
「ソウデスネ」
確かに私には悪いことをするような度胸はない。
それはそうなんだけど、なんか肩透かしを食らった気分だった。
その後は、浄化とランプ以外の魔導具の修理レシピと、それに必要な素材の場所を教えてもらった。
「わかったか?」
「すみません……もう一度最初からお願いします……」
一度聞いただけで全部覚えられるわけがなかった。
レシピを書いた物ももらったけど、何せ読めない。
途中でメモを取ろうかとも思ったものの、日本語の文字を見られて聞かれたら、上手く誤魔化せる気がしない。遠い国の言葉だと言えば納得してもらえるかな。
いっそ勇者と一緒に召喚されたんだと言ってしまおうか。
そう思わなくもなかったけど、それでミカエルさんの態度が変わってしまうのが怖かった。
ミカエルさんなら大丈夫だろうと思うけど、絶対だという確信がまだ持てない。
信頼していると言ってくれたのに。……馬鹿正直な所を、だけど。
申し訳なさが顔に表れたのか、ミカエルさんが優しい声を出した。
「いま覚える必要はない。そういう素材があるのだと理解していれば十分だ。しばらく不在にはしないから、都度わたしに聞けばいい」
ミカエルさんは何という事もない、といった感じで言った。
たぶん、ミカエルさんはお師匠様としてすごく優しい方だ。
一度教えて終わりな人もいるだろうし、紙だけ渡されて教えてもくれない人もいるだろう。高校にも、黒板の方を見たまま一方的に
リーシェさんやヨルダさん、デルトンさん、ルカにミカエルさん。
私は人に恵まれている。
じゃなきゃこんな風にやってこられなかった。とっくに野垂れ死んでいたと思う。
「ミカエルさん、ありがとうございます。私を弟子にしてくれて、色々と良くしてもらって」
「何だ、改まって」
「言いたくなりました。本当に、ありがとうございます」
私は椅子に座ったまま、深々と頭を下げた。
「そう思うのなら、わたしと婚姻を結んで欲しいものだがな」
にやり、とミカエルさんが笑った。
「それは別です」
「そうか。残念だ」
ミカエルさんと結婚すれば、こんな世界でも、何不自由のない生活ができるんだろう。
もしこれが魔導具師の素質があるって分かるまでの間、お金がなくなりそうで不安でいっぱいだった時に言われていたら、二つ返事で承諾してた。
でも今は、自分にできることがあるなら、頑張ってみたい。私も誰かの役に立てるってわかったから。
「説明はこんなところだな。あとはやりながらでいいだろう。ちょうど昼時だ。昼食に行ってくるといい」
「ミカエルさんは食べないんですか?」
「わたしはいい。昼食をとる習慣がないのだ。高位貴族は基本的に二食しか食べない」
王宮でも二食だったことを思い出した。
「わたしも、お昼は食べないんです」
「なぜだ?」
聞かれて返事に困った。
「お金がなかった頃からの習慣で……」
「そうか」
恥ずかしいと思いをしながらも素直に言ったら、ミカエルさんは案外あっさりとしていた。
「私、下行ってた方がいいですよね?」
ていうか、朝から今までの間、お店は無人だ。
「ああ、伝えるのを失念していたが、客が来たらベルを鳴らすよう張り紙をしてある。鳴るまではここで別の仕事をしていろ」
「あ、そうなんですね」
よかった。
修理屋を始めても、
ほっと胸をなで下ろした時。
チリンチリン――。
ベルの音が聞こえてきた。
「ちょうど客が来たようだな」
「えっ! どうしよう! どうしたらいいですか!?」
「ここを出て、階段を降りて、店に入り、客の注文を受ければいい」
そういう意味じゃなくて!
いや、そういう事なんだけど! でもなんか違う!
「一緒に来てくれませんか?」
「お前の店だろう。自分でなんとかしろ」
「そんなぁ」
ミカエルさんは、しっしっ、と犬でも追い払うかのように手を振った。
するとまたチリンチリンとベルがなった。
まずい! お客さん待たせちゃってる!
「いっ、行ってきます!」
「頑張るのだぞ」
「はいぃっ!」
どきどきする心臓の上を押さえながら、私は階段を駆け下りた。
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