第68話 魔導具師の意向


 なんで!?


「まさか。私たちから解雇することはこれまで通りあり得ないわ。でも、セツさんは修理屋になるんだから、必然的にここを辞めることになるわ」

「私、修理屋になるつもりなんてありません」

「……」

「……」


 私が主張すると、ヨルダさんとリーシェさんが黙り込んだ。


「だって、私、まだ浄化の魔導具しか修理できないですし、それに、王宮に行きたくないし――」


 はぁ、とヨルダさんがため息をついた。


「セツさん、あなたは自分の才能をわかっていないわ。修理屋になれるのは、ごくごく限られた人だけなのよ? あなたにはその才能をかす義務があります」

「そんな……!」


 義務って何?


「私の能力を私がどう使おうか勝手じゃないですか」

「いいえ。そうはいかないの」

「どうしてですか!」

「特別な素質がある者は、その素質が顕現次第、国に届け出なくてはならないの。それがこの国の決まりです。そして国のために働くのよ。ギルドとしてもセツさんの素質を知ってしまった以上、報告しない訳にはいかないわ。性質変化はぎりぎり黙っていられたけれど、修理ができるとなると、話は別なの」


 国に届け出て、国の為に働く!?


「報告なんてしないで下さい! そんなことになるなら、この国を出ます!」

「セツさん……」


 ヨルダさんは、聞き分けのない子を見るような目で私を見た。


 後ろで私の肩に手をかけているリーシェさんも、きっと同じような表情をしている。


 私は唇をんだ。


 わかってる。国を出るなんて簡単にできるわけない。


 国外の情勢なんて何も知らないし、隣の国に入れるのかもわからないし、だいたい、外が怖くて王都を出られない私が国を出るなんてどうやっても無理だ。


 でも。


「私、王宮には行きたくないんです!」


 胸をばんっと叩きながら私が言うと、ヨルダさんは目をぱちぱちとさせた。


「……ええ、セツさんがそう言うのなら、行かなくていいのよ?」

「え?」


 王宮に行かなくて、いい?


 だって、今、国のために働くって……。


「セツさん。あなたは本当に自分の能力のことをわかっていないのね」


 驚いた顔をしたまま、ヨルダさんが言った。


「修理屋になれる魔導具師はとても貴重なの。国から保護を受けるし、その意思は可能な限り尊重されるわ。国の宝なのよ。それこそ他国に出て行かれたりしたら、国力が損なわれてしまうもの。修理屋として働くことは義務化されるけど、国外に出なければ自由にしていいのよ」

「それじゃあ、私はここに残ってもいいってことですか?」


 切なる願いを込めて言うと、ヨルダさんはきょとんとした。


「それは……ギルドには魔導具を修理をするような業務はないから……」


 ヨルダさんが困惑したように言う。


「作れば、いいんじゃないでしょうか?」


 助け舟を出してくれたのはリーシェさんだ。


 後ろから一歩踏み出して、私の横に並ぶ。


「冒険者ギルドの役目は冒険者のみなさんを支援することです。それなら、修理を請け負ってもいいのではありませんか?」

「でも、他の商業ギルドとの兼ね合いが……」

「そうですね……修理屋は商業ギルドに所属しているのが普通ですよね……」


 リーシェさんの勢いが落ちてしまう。


「で、でもっ、さっきヨルダさんは修理屋の意思は尊重されるって言ってましたよね? どこのギルドにいるかは、私の自由なんじゃないですか?」


 ヨルダさんがはっとした。


「そうね……正確には調べてみないとわからないけど、修理屋が商業ギルドに入らなくてはならないという法律はないはず。商売をするならどこかの商業ギルドに所属しないといけないけれど、冒険者ギルドの職員として、修理業務をするのは問題ないと思うわ。実質修理屋として国内で働くことになるもの」

「それなら、セツさんは……!」

「ええ、このギルドにいてもらえるわ。正式に職員として迎えることになるわね。もちろん特別待遇という形で」


 やった!


 私は飛び上がって喜んだ。


 だけど、すぐにヨルダさんの顔が曇った。


「でも……」

「そうですね……」

 

 隣を見れば、リーシェさんがうつむいている。


「セツさんのことを考えれば、このままこのギルドにいるのはよくないわ」

「なんでですか?」


 私はここにいたいのに。


「これまでも何度も言っているけれど、ギルドから出ればセツさんはいくらでも活躍できるもの。独立して、自分の店を持つこともできるのよ」

「自分の店を持ちたいなんて思っていません」


 だって、お店を出すって、なんかすごく大変なんじゃない?


 一人でできるものなの?


 売り上げの計算とか、色々やらなきゃいけなさそう。


 ただの女子高生だった私にできると思う?


 無理無理。


「出店は商業ギルドが支援してくれます。店舗の開設から人員の手配まで、修理屋を開くとなれば、喜んで手伝ってくれますよ」


 リーシェさんが、私の考えを読み取ったように言った。


「私がここにいるのは迷惑ですか?」

「とんでもない。そんなことはないわ。セツさんがいてくれて私たちはとても助かっているの。冒険者の負傷率は下がっているし、王都に来る冒険者が増えて付近のモンスターの討伐とうばつが進んでいるわ。でもね、それとこれとは……」

「私の意思は最大限尊重されるんですよね?」


 ヨルダさんが煮え切らない態度だったので、私はもう一度強く言った。


 ここにいたい。出て行きたくない。それだけは譲れない。お金の問題じゃない。


「そうね……。わかったわ。魔導具師の意向だものね」

「ありがとうございます! 無理を言ってごめんなさい」

「お礼を言うのはこちらよ。ありがとう、セツさん」 

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