第66話 硬いパン

「すっごく美味しい。今まで食べたロールキャベツの中で一番美味しい」

「ロール……なんだって?」

「えぇっと、この葉っぱ、何て言うの? 私の故郷とは呼び方が違うみたい」

「勘違いしているみたいだが、それ、葉野菜じゃないぞ。ズッキーニャっていう生き物のひょうひ」

「ぐっ」


 喜び勇んで二口目を口に入れたところだった私は、危うく吹きそうになった。


 ひょうひ? ひょうひって、表皮? 皮膚ひふってこと? モンスターの?


「へ、へぇ……」


 ズッキーニに手足が生えたようなのモンスターを想像し、ルカがその生皮なまかわぐところを想像してしまい、顔が引きつる。ぎえぇぇぇぇ! とかマンドラゴラみたいな悲鳴を上げたりして。


「その肉も、そいつのな」

「……」


 私はロールキャベツ改めロールズッキーニャをまじまじと見た。


 つまり、一度皮を剥いだあと、中身を挽肉にして、また皮で包み直した、と。


 いやいや。そういうとり料理もあるし!


 一瞬食欲を失いそうになったけど、香ってきた匂いが私の目を覚まさせた。


 料理は料理。


 美味しい物は正義!


 調理方法は怖くて聞きたくないけどっ。


 私は三口目を思い切って口にした。


「うん。美味しい」


 カチカチのパンも、スープにつければ食べられる。


「ほんほふはっへほほーいほふいはへ」

「何だって? 食いながら話すな」

「本当にルカってお料理上手だね、って言ったの」

「お前、そればっかりだな」

「だって美味しいから」


 ルカがこんなに美味しいご飯が作れるのに、なんで本職のコックさんたちは作れないんだろう。


 材料の差なのか味覚の違いなのか。


「ルカがご飯屋さん開いたら毎食通うよ」

他人ひとのために作る気はない」

「でも、私のために作ってくれてるよ?」

「なっ、それはっ……ついでだって言ってるだろ」

「ついででも嬉しい」

「 ……金は払えよ」

「もちろん」


 私はにこにこと笑って答えた。


 もっと払うって言ってるくらいなのに。


「そういえば、今日は椅子持ってこなかったね」

「ん? ああ」

「私、ルカの分の椅子買ったって、言ったっけ?」


 今ルカが座っているのは、追加で買った椅子だった。


 これからルカがご飯を作ってくれるなら、ルカの椅子がいるよね、と思って買った。


「あー……運び込む所、見かけたからな」

「ふーん」

「何だよ」

「べーつーにー」


 ずっと仕事で居なかったんじゃなかったっけ?


 帰って来てたんなら、やっぱり連絡くれればよかったのに。しかも椅子運び込んだ時って私が居たってことじゃん。なのになんで声かけてくれなかったの。


 不満だったけど、さっきルカに言われたことを思い出して黙っていた。


 私にとってルカはこっちの世界でできた初めての友達でも、ルカにとっての私は、ちょっと図々しいお隣さんに過ぎない。


 連絡がなかったことに文句を言うのは確かに違う。

 

 そう思い直して、私は話題を変えた。


「このパンって、ほんと硬いよね」

「だよなぁ」

 

 ルカがしみじみと言った。


「前持ってきてくれたのはまだ少し柔らかかったけど、硬いのって小麦の種類なのかな?」

「俺ならもっと美味いの焼けるんだけどな」

「ルカってパンも作れるの!?」


 私は思わず立ち上がってしまった。


「こねて寝かせて焼くだけだろ。大げさな」

「それで作れるならパン屋さんなんていらないじゃん……」


 ルカは少し考えたあと、「それもそうか」と言った。


「手間がかかるし、何よりオーブンがない」

「え、あるじゃん」


 私はキッチンの方に目を向けた。


 実は、コンロの下にはオーブンがついている。あっちの世界なら収納場所になっている所だ。


 当然私は最初にのぞいて見たっきりそのままだ。


「温度が一定にできないんだよ」


 パンを片手に持ちながら、ルカが言う。


「ほら、コンロも火加減が揺れるだろ」

「あー、だね」


 コンロの魔導具は火加減をある程度調整できるようになってるものの、弱火にしたつもりが途中で強火になったりと、ふらふら変わる。さすがに消える事まではないみたいだけど。


 オーブンと言えば、あっちの世界ではピピッてボタンを押すだけで温度を決められた。こっちではそうはいかないんだ。


「魔導具の限界なんだろ。弱くても一定になればまだなんとかなるけど、途中で火が強くなるとげるからな」


 なるほど。


「売ってるパンが硬いのもそのせい?」

「いや、それは関係ない」


 じゃあ何が、とは聞けない。これはたぶん地雷だ。


「ルカがレシピ本出せば絶対売れるのに」


 そしたら美味しいご飯がどこでもいつでも食べられるのに。


 ルカは肩をすくめただけだった。



 二人とも食べ終わって、ルカの帰り際にお金を渡した時。


「お前、普段は夕飯何食ってんの」

「何も食べてない」

「は? 昼は」

「何も食べてない。朝だけ」

「だからそんなに細っこいのかよ」


 あきれたようにルカが言う。


 その台詞せりふ、あっちの世界で言われてみたかったよ。


 太ってたわけじゃないけど、痩せているとはとても言えなかった。モデル体型な同級生がうらやましかった。


 ご飯食べなければせるってことはわかってても、私にはできなかった。


 だってご飯食べるのって幸せじゃん!


「こっちのご飯は不味まずいんだもん」


 あ、思わず「こっち」って言っちゃった。


 だけど、ルカはそれを「王都」っていう意味にとらえたらしく、不審に思われることはなかった。

 

「それ続けてるといつか倒れるぞ。仕事は体が資本だろ」

「それはわかってるけど……」

「せめてサラダくらいは食えよ。なまならまだましだろ」

「えぐみが苦手。あと土っぽい味がするし」

「ガキかよ。あー……くそっ」


 ルカががしがしと自分の頭をかいた。


「ドレッシング作ってやる。それでちゃんと食え」

「え!? いいの!?」


 基本的にサラダはそのままか塩を振るだけだ。


 ルカの美味しいドレッシングなら美味しく食べられる!


「ありがとう!!」

「材料費は払えよ」

「うん、わかってる!」


 私の体の心配までしてくれるなんて、ルカはなんて優しいんだろう。


「ルカってお兄ちゃんみたい」


 そう言うと、ルカは微妙な顔をした。

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