第51話 ご飯の約束

 自分のかばんを使って効率よく作業ができたおかげで、夜遅くなっちゃったけど、残っていた不発弾ハズレは全部片付づいた。


 これで気持ちよく休日を迎えられる。


 週休一日で遅くまで働いているなんて、あっちの世界からしたらブラックなのかも。


 でも全然つらいとは思ってない。


 こういう単純作業、私たぶん向いてるんだろうな。


 デルトンさんとたわいもない事をしゃべりながら、真っ暗な中、ランプを持って家へと帰る。


 デルトンさんは、最近の冒険者の話を聞かせてくれる。


 私自身はもう二度と外には出たくないけど、冒険の話を聞くのは楽しい。


 森で大きな蛇が出たとか、海で新種が発見されたとか。


 さすが王都、色んな話が方々から集まってくる。


「また冒険者が、投擲とうてき弾のお陰で助かった、って言ってたぞ」

「本当ですか? 嬉しいです」


 デルトンさんは私の素質を知っている人のうちの一人だから、私は素直に喜べる。


 他の所で聞くと、私がやってますなんて言えないから、一人でニマニマする怪しい人になっちゃうんだよね。


「それじゃあ、また明後日に。お休みなさい」

「ああ、お休み」


 階段の二階でデルトンさんと別れようとしたとき、部屋に向かったデルトンさんが、ばっと急に振り向いた。


「どうしたんですか?」

「いや、ちょっと」


 デルトンさんはランプをかかげて階段の上の方を見上げた。


「……気のせいだったみたいだ。今度こそお休み」

「お休みなさい」


 私はデルトンさんと別れて階段を上った。


 ぎしりぎしりと木がきしむ音がする。


 なんか怖い。


 幽霊とかいたらどうしよう。


 今までもそういうことを考えたことはあるけど、デルトンさんか気にしていたから余計に怖い。


 ドキドキしながら階段から廊下に出ようとした時。


 ぬっと突然人影が角から現れた。


「!?」


 びっくりして飛び上がった私は、階段から足を踏み外してしまう。


「わっ!」


 って振り上げた私の腕を、誰かがつかんで引っ張った。


 ぐっと体を引き戻され、なんとか私は転げ落ちるのをまぬがれた。


「何やってるんだよ」

「ルカ……」


 助けてくれたのはルカだった。


「ルカが急に出てくるから」


 私は胸を手で押さえた。まだ心臓がドキドキしている。


「驚きすぎだろ」

「なんでランプ使ってないの」


 ルカはランプを持っていなかった。まぶしそうに目を細めている。


 暗闇から出てきたらそりゃびっくりするよ!


「今日は月が出てるからなくても見えるだろ」

「そうかもしれないけど……」


 こっちに来てから知ったけど、月は思ったよりもずっと明るい。


 月明かりだけで歩けることは歩ける。


 でも廊下には小さな窓しかなくてほとんど光が入ってこない。


 別にランプくらい使えばいいじゃん。節約なの? お金には困ってないって言ってたのに。


 不思議に思ったけど、聞くのは失礼だと思ってやめておいた。


「これから仕事?」

「そんなもん」

「そっか。気をつけてね」

「どうも」


 ルカが私の脇を抜けようとした。


「待って!」


 私はその腕をつかんだ。


「なんだよ?」

「あの、明日、もし時間があったらなんだけど、また一緒にご飯食べない?」

「また俺にたかる気か?」

「たかってなんか……! 確かに前はちょっと出してもらったけどっ! ちゃんと私が材料買ってくるから!」

「俺に作れって?」


 本人にそう言われてしまうとそうだとは言いにくい。


「わ、私が作るよ?」

「ならやめとくわ」


 ルカはくるりときびすを返した。


「待って! ルカのご飯が食べたい!」

「最初からそう言えよ」

「いいの?」

「まあ、飯は作るつもりだったからな」

「やった!」


 私はぐっとガッツポーズをした。


「何買ってきたらいい?」

「いや、俺が自分で行く」

「そんな、悪いよ。買い物くらい――」

「お前、食材のしとかお買い得かとかわかるわけ?」

「わかりません……」


 全くわからない。


 スイカは叩いて良い音が鳴ればいいんだよね? キュウリはブツブツがはっきりしてる方がいいんだっけ?


 ただでさえその位しか知らないのに、こっちの世界の食材のことなんて全然わからないよ。


「金だけ出して」

「任せて!」


 それしかできないけど、それだけならできる。


「少しくらい奮発してもいいから!」

「安い材料じゃ俺の飯は美味くないってか?」

「とんでもありません」


 私は思いっきり首を振った。


 庶民的な値段のコカトリスだってあんなに美味しかったんだから。


「ロックボアの角煮でも作るか……」

「あの硬い肉!?」


 お肉屋のおじさんが、硬くて調理するのが大変だって言ってた。美味しいらしいけど、その言葉は信じられない。


「煮込めば美味いんだよ」


 ルカがそう言うからには美味しいんだろう。


 私には選ぶ権利も知識もない。


「よろしくお願いします」


 頭を下げると、ルカはひらひらと手を振って階段を下りていった。


 やった! やった!


 明日はルカのご飯だ!

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