第37話 魔導具の重さ

 忙しい日を過ごすことになったけど、ちゃんと家には帰れた。


 異世界だからなのか、日本人が働きすぎだったのか、残業するのは特殊なことで、どんなに忙しくても日をまたぐなんてあり得ない、っていうのがこっちの常識みたい。


 時間を忘れるくらい集中していても、残っていた他の職員さんがやってきて、ギルドを追い出される。


 まあ、鍵を閉めなきゃいけないからね。職員でもない私が一人で残るのはありえない。


 帰りが遅くなっても、デルトンさんはちゃんと家まで送ってくれる。


 真っ暗な夜道をそれぞれランプを手に歩いていく。


 あれだけ怖かった漆黒の闇にはすっかり慣れた。


 といっても、デルトンさんがいてくれるから怖くないだけで、一人で歩くことになったらやっぱり怖いだろう。


 そのとき――。


 ふっ。


 私のランプの明かりが突然消えた。周りを囲っていた闇が一歩近づく。


「あれ? 魔力切れたかな」

「もうすぐ着くから、このまま行こう」

「はい」


 デルトンさんの明かりだけを頼りに、私たちはアパートに帰った。


 部屋の明かりをつけるまでデルトンさんはついてくれた。


「ありがとうございました」

「じゃあ、また明日」

「はい。おやすみなさい」

「おやすみ」


 型どおりのあいさつをして、デルトンさんは階段を降りて行った。


 さて。


 まずはランプの魔力の補充をしなくちゃ。


 確率は低いけど、これで部屋の明かりまで切れたら目も当てられない。


 外套がいとうと肩掛け鞄を壁に掛けて、鞄からランプを取り出す。


 棚の引き出しから赤い魔石を取り出して、椅子に腰掛ける。


 ランプを開けて確かめると、鳥かごの形をした魔導具はちゃんとその形を保っていた。


 よかった。


 私はほっと胸をなで下ろした。


 壊れている可能性もあったからだ。


 安心してランプの台座から魔導具を取り出す。


「あれ?」


 魔導具が、なぜかすごく軽く感じた。


 そんなわけないよね。


 左手の上に置いて手を上下に揺らしてみる。


「うーん」


 また右手に戻して同じ動作をする。


 軽い……ような、気もしないでも、ない?


 少なくとも、はっきりとわかる程じゃない。


 同じ魔導具が二つあれば比べられるけど、お金に余裕ができてからはいつもデルトンさんが一緒だから、予備は用意していない。


 気のせいだな。

 

 私は魔石を近づけて、ランプの魔導具に魔力を充填じゅうてんした。


「うん?」


 魔石の赤い光がすっと消えるのと同時に、魔導具が一瞬ずしりと重くなった……気がした。


 でも、その感覚はやっぱりすぐになくなってしまう。


 魔力の量がわかるようになった、とか?


 ……んなわけないか。魔力に重さがあるなんて聞いたことないし。


 思い浮かんだ考えは突拍子もなさすぎて、私はすぐにその考えを打ち消した。


 魔力切れと充填のイメージから、錯覚を起こしたんだろう。


 ランプを組み立て直して明かりがつくことを確認した私は、そう結論づけた。


 さぁ、次はトイレの掃除だ。



 * * * * *



 次の日、起き抜けに水を飲もうとして浄化の魔導具をコップに入れようとした時。


「んんん? これも軽い?」


 浄化の魔導具は小さいから、元々そんなに重くはない。


 とはいえ金属でできているから、こんな風に羽根のように軽いわけじゃない。


 そう思った次の瞬間には、普通の重さに戻ったように感じた。


 気のせいとしか思えない。


 私の感覚はそんなに鋭いわけじゃない。持っただけで大体何グラムだとか推量するのもできない。


 でも気になる。


 なら、比べてみればいいんだよね。


 私は引き出しの中から、予備の浄化の魔導具をもう一つ取りだした。


 左右の手に持って重さを比べてみる。


「やっぱり軽い……?」


 なんとなくだけど、左手の魔導具の方が軽いような気がする。持ち替えてみても同じだ。


 でも、あくまでも感覚的な物で、断言できる程じゃない。


 天秤てんびんでもあれば計れるんだけど、この家にそんな物は置いていない。


「まさか、ね」


 私は軽い方の浄化の魔導具をコップの中に落とした。


 魔導具と水が青く光る。


 うん。普通だ。


 気のせいだったらしい。


 私は水を一口飲んで、身支度みじたくを始めた。


 だけど、出勤する前、もう一杯水を飲もうとした時。


 コップに水をつぎ足すと、魔導具は青く光った後、その光はゆっくり点滅してから消えた。


「魔力切れだ……」


 コップに指をつっこんで、魔力を失った魔導具を取り出す。


 出しっぱなしにしていたもう一つの魔導具と、再び重さを比べてみる。


 やっぱり軽い……ような気がする?


 駄目だ。感覚が曖昧あいまい過ぎて、なんとも言えない。


 私は首を横に振った。


 あまりデルトンさんを待たせるわけにもいかなくて、私は引っかかりを覚えつつも、部屋を後にした。



 魔力切れのタイミングにすぐに遭遇できるはずもなく、次の日には私はそのことをすっかり忘れてしまった。

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