第15話 初めての買い物

 宿屋のおばさんにきっちり銀貨百五十枚払った私は、またギルドに戻った。


 大金を手元に置いておけないからだ。


 冒険者ギルドには銀行の役割もある。正式な銀行は他にあるけど、生活費くらいなら預かってくれる。


 いくら腕の立つ冒険者だって、全財産を持ち歩くわけにはいかない。


 第一貨幣かへいはすごく重い。特に金貨。見るのも触るのも初めてだったけど、すごく重かった。小さいのに、銀貨の二倍はあるんじゃないかってくらい。


 部屋がとれたことをリーシェさんに報告したかったけど、あいにく接客中だった。


 私はカウンターに作ったばかりの身分証を出して、お金を預けたいことを告げた。


 対応してくれた男の人に少し相談し、金貨を七枚全部預けることにした。もっと預けてもいいと思ったけど、生活に必要な物を買うなら必要だろうということだった。


 金貨が七枚減っただけで、お金を戻した革袋はまだずっしりとしていた。紙のお金は偉大だったんだ、と思った。

  

 その後は雑貨屋さんに行った。


 宿の部屋には何もなかったから、タオルやコップや歯ブラシが必要だ。


 石鹸せっけんも忘れない。体を洗う用じゃなくて、服を洗う用。宿屋にお風呂なんてないだろう。こっちでは濡らしたタオルで体を拭くのが主流だ。


 肩掛けの中古のかばんも買った。使い込まれて革が飴色あめいろになっている。補修したあとがいくつかあるけど、作りはしっかりしていた。


 あっちの世界では継ぎぎのある鞄なんてあり得なかったけど、ここではそれほど珍しくない。普通の人が、普通に継ぎ接ぎのある服を着ている。


 特に冒険者は千差万別だ。ボロボロの人もいれば、すごく綺麗な人もいる。服やよろいはボロボロなのに、剣のさやがやたらピカピカしている人もいる。どこにお金をかけるかは人それぞれって感じ。自由だ。


 他に必要な物が思いつかなくて、とりあえずここまでにした。追々そろえていけばいいだろう。


 最後に魔導具屋に行く。


 浄化の魔導具は必需品だ。これだけは外せない。


「ご、五十枚……」


 値段を聞いて、顔が引きつった。


 宿屋一泊分より高い。


 こんなに小さいのに! あっちの世界では水はタダで出てくるのに!


 顔を洗うおけにほいほい放り込んでいたのが恐ろしい。

 

 何回使えるんだろう。明かりの魔導具が壊れた時を思い返した。


 たぶんこれは中古だ。新品を売りに来るわけがないんだから。冒険者たちは、ドロップか宝箱でゲットしたあと、何度も使ってから売るに決まっている。


 もしかしたら一回しか使えないかもしれない。


 私は、店員さんがカウンターの上に出してきた複数の魔導具を吟味ぎんみした。一番損耗そんもう率の少ない物を選ばなくちゃ。


 でも見ても触っても全然わからない。


「どれがいいと思いますか?」

「さぁ?」


 店員さんはなかった。店員さんにもわかっていないのだろう。


 損耗率がわかるのは魔導具師の素質がある人だけで、すごく珍しい。そしてそういう人は修理屋になる。


 うーん、うーん、と悩みまくって、結局かんで決めた。


 魔力が切れたら水も飲めなくなるので、痛かったけど、補充用の魔石も一個買った。本当に痛かった。値切ってようやく足りたくらい。財布がすんごい軽くなった。


 ギルドの職員のアドバイスは正しかった。


 店員さんはサービスで魔力を満タンにしてくれた。


 高価な魔石を本当にサービスしてくれるわけないから、きっとこれは方便なのだ。元々魔導具の値段に乗せてあるんだろう。


 魔導具と魔石を買ったばかりの鞄の中に大事にしまって、私は宿屋に戻った。



 * * * * *



 宿屋に戻って部屋のベッドに座ったとき、鐘が鳴った。バイト――じゃなかった、仕事先に行かなきゃいけない時間だった。


 直接行けばよかった、と思いながら慌てて立ち上がり、勢いよくドアを押し開けると、そこに人がいた。


「おいっ!」

「わっ、ごめんなさいっ!」


 ドアをぶつけそうになったことを謝りながら顔を上げると、深い紺色の髪をした、私と同じくらいの歳の男の子がいた。


 そいつは私のことをギロッとにらみつけると、チッと舌打ちをして、隣の部屋に入っていった。


 バンッと大きな音を立てて扉が閉まる。

 

 そんなに怒らなくてもよくない?


 なんとなくもやっとしたけど、悪いのは私だ。


 私は部屋の鍵をかけて、仕事先に向かった。



 * * * * *



 職場は黒牛の角亭と同じで三階建てだった。きっとここも宿屋を兼ねているのだろう。


 店の名前はやっぱり読めなかったけど、リーシェさんは「妖精の隠れ家」と言っていた。なんだか可愛い名前だ。


 閉店中と書かれた札がついた扉をそっと開けると、カランカランと扉についたかねが鳴った。


「まだ開店前だよ!」


 薄暗い店のカウンターの奥から女の人の声が聞こえてきた。


「冒険者ギルドの紹介で、仕事をもらいに来ました!」


 叫んだ私の心臓は、バックバックと大きく鼓動こどうしていた。


 来ちゃったけど、本当に雇ってもらえるのかな?


 バイトの面接にも行ったことのない私は、急に緊張してきた。


 ダメって言われたらどうしよう。

 

 それで、どこも雇ってくれなかったら?


 足が震えてきた。


 逃げ出したいと思った時、カウンターの向こうに女の人が現れた。


「こっち来て顔をよく見せな」


 私はカウンターに近づいた。


 女の人が目をすがめて私を見る。


「……いいよ。今日から入れるかい?」

「はいっ! あ、紹介状!」


 返事をしてから、ギルドの紹介状を出していないことに気づいた。


「いいよいいよ。紹介なんだろ」

「はい」

「入っといで。仕事を教えるから」

「はいっ!」


 こうして、私の仕事が決まった。

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