第12話 屋台の味

 ぐぅ。


 のんきにお腹が鳴って、私は我に返った。


 これがダイヤ姫の差し金であることはわかった。


 でも、王様は私を追い出すような雰囲気ではなかったけど、タダ飯食らいな上に、先生までつけてもらっていた。追い出されても仕方がないかも……。


 働く気があるんだと早めに言っておけばよかった。初日から思っていたのに、口に出したのは今日田野倉くんに言ったのが初めてだ。


 王宮に戻って働きたいって言ったら、入れてくれるかな?

 

 そうはならない、よねぇ……。


 ダイヤ姫からの伝言に、戻ってくるなとあったのだから。


 私は膨らんだポケットを服の上から押さえた。


 中あるのは革袋に入ったお金。


 騎士に渡された時、ずっしりと重い感触からお金だとすぐにわかって、中身も確認せずに隠した。人に見られたら狙われると思ったからだ。


 いくらあるんだろう、と、ポケットをのぞき込む。


 中には銀貨と銅貨がぎっしり入っていた。


 駄目だ、多いってことしかわからない。


 貨幣の価値は教わったからわかっている。これが結構すごい額だってこともわかる。だけど、残念ながら私には、ぱっと見た目だけで目算する能力はなかった。

 

 このトランクには何が入ってるんだろう。


 今度は手に持ったトランクに目を向ける。


 かちりと金具を外してのぞいてみれば――。


 着替えだった。


 下着も入っていたから、こんな往来で堂々と広げるわけにはいかなかったけど、少なくとも今着ているようなワンピースが一着入ってるのは見えた。


 着替えとお金。


 最低限はと用意してくれたのなら、ダイヤ姫は思ったよりいい人なのかもしれない。


 身一つで追い出されても文句は言えなかったのだから。


 ぐぅ。


 またお腹が鳴った。


 とりあえず何か食べたい。


 ううん。これからどうするか何も決まってないのに、無駄遣いなんてできない。


 ああ、でもお腹すいた……。


 ほんの少しだけ葛藤かっとうしたあと、私はあっさりと空腹に負けた。


 

 * * * * *



 大通りにはたくさんレストランがあって、いい匂いもしていた。


 だけど、私はこれまで一人で店に入ったことがなくて、足を踏み入れる勇気が出なかった。開け放された扉からしか店の中が見えないのもなんか怖いし。


 あんまりきょろきょろして観光客みたいにするのも危ないと思って、堂々と歩きながら、私でも入れそうな店を探すことにした。


 幸いなことに、私の見た目は周囲に溶け込んでいた。黒髪が目立つこともない。


 服を着替えさせてもらっていてよかった。あんなヒラヒラのドレスを着ていたら目立って仕方がないところだった。


 近くから肉の焼けるいい匂いがしてきて、それにつられて進んで行くと、広場に出た。


 匂いの元は、くし焼きの店だった。店自体はレストランだったけど、店の前に屋台やたいが出ていて串焼きを焼いている。匂いでお客さんを釣る作戦なのだろう。


 看板に何か書いてあるけど、「肉」しか読めなかった。そんなの見ればわかる。


 何の肉かわからないのは不安だ。


 でも、網の上の肉はジュージューと美味しそうな音を立て、美味しそうな匂いを漂わせている。


「なんだい嬢ちゃん、食うか?」


 よほど物欲しそうな顔をしていたのだろう、店員が串焼きを一本差し出した。


 金属の串には大きく切った肉が四つ刺さっていて、肉の表面はまだジューといっていた。串に油が伝い、店員の手を汚している。


 何だか王宮の食事より美味しそう。


 つばがどっとあふれてきた。


「も、もらいます……」


 改めて看板を見れば、けっこうお高い値段が書いてある。でももうもらうと言ってしまったし、やっぱやめるとは言いにくい。何より、私の食欲がもう待てない。


 私は、ポケットの大金を見られないように注意して銀貨を四枚取り出し、店員の手に乗せた。


 代わりに串を受け取る。


 ごくり、と喉が鳴った。


 店の前からほんの少し場所をずらし――。


「頂きますっ!」


 がぶり、と肉にかぶりつく。


「んぐ!?」


 予想外の味にむせそうになる。


 見た目から、焼き鳥のような味を想像していた。


 なのに、なのに……。


 思わず口を離してしまった肉には、くっきりと歯形がついている。


 その一みで口の中に広がったのは、輪ゴムのような味だった。


 不味まずい。不味すぎる。


 これは本当に食べ物なのだろうか。


 間違って食品サンプルを渡されたのでは、と思うほどに変な味だ。


 屋台の店員を見ると、にこっと笑顔を向けられた。私も笑おうとしたけど、たぶん少し引きつってしまったと思う。


 そこに他のお客さんがやってきて、串焼きを注文する。その男の人は二本も受け取っていた。


 私と同じように少し離れてから、男の人は肉にかぶりついたかと思うと、おっ、という顔をして一度口を離した。


 だよね。美味しくないよね。何か変な味だよね?


 私は心の中でシンパシーを感じたんだけど、男の人は店員に向かって肉を軽く上げて見せると、美味しそうにガツガツと食べ始めた。


 そしてペロリと食べてしまい、もう一本追加していた。それもあっという間に食べてしまう。


 私は自分の手の中の串焼きを見つめた。


 予想外の味にびっくりしただけなのかもしれない。


 恐る恐る肉の端っこに歯を立てる。


 あ、無理。


 やっぱり輪ゴムとしか言いようのない味だった。


 もしかしたらこの世界で生きていく上での一番の障害は、読み書きができないことでも何の能力もないことでもなくて、味覚の相違なのかもしれない。


 悲しいかな、食べ物を粗末そまつにしてはいけません、という両親の厳しい教えが染みついていた私は、えずきながらも、その肉をなんとか食べきった。


 くしはちゃんと店員さんに戻す。


 あっちの世界なら捨てているところだ。そもそも使い捨てを前提として木でできている。


 でもこっちは洗って使い回す。だからちゃんと戻さないといけない。戻すとちょっとだけお金も戻ってくる。


 この辺の常識はメイドさんたちが教えてくれた。


 店員さんはウィンクをしてきた。たぶん、美味かったろ、って意味。私はそれに、曖昧あいまいな笑みを返すことしかできなかった。


 美味しいご飯屋さんを探そう。ご飯が美味しくないのは死活問題だ。


 私は、生活基盤が整ったら最初にやるべきことリストのトップにそれを刻み込んだ。

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