第13話 身分証明

 ちょうど時刻を知らせるかねが鳴って、もうお昼すぎだということがわかった。遅めの朝食っていうか、お昼ご飯になってしまった。


 それにしては、屋台もレストランにもお客さんがいる。


 もしかして、お昼ご飯がないのは王族だけ?


 だったらかなり嬉しい。美味しいことが前提だけど。


 さて、お腹も膨れたことだし、動き出さなくちゃ。


 生きて行くのに必要なのは衣食住。服はあるし食は味さえ目をつぶればその辺で食べられる。ということは、今の私に足りないのは住まいだ。


 そして、何より、お金。


 先立つものがなければ衣食住は維持できない。逆に言えば、お金さえあればどうにでもなる。


 王宮の中で仕事を探そうと思ってた私は、街で何をすればいいのか見当もつかなかった。


 あんなに頑張って身につけた教養を使える職は、多分ない。


 メイドさんの仕事も少しは教えてもらったけど、平民街にはメイドなんて雇う人はいないだろうし、貴族はこんな身寄りのない怪しい私をほいほい家に入れてくれる訳がない。


 進む道を間違えた……。


 まさか王宮を出るなんて思ってなかったから。


 何よりも必要なのはお金。だけど仕事を探すのにも、生活するのにも、まずは拠点が必要だ。幸いなことに無一文ではない。


 少なくとも日暮れには寝床を見つけないと。


 ……それで、住む場所ってどこで見つければいいの?



 * * * * *



 私は冒険者ギルドに行くことにした。


 困ったら、まず冒険者ギルド。


 そう、メイドさんたちが教えてくれた。


 ゲームではクエスト受注や情報収集をするための場所だけど、現実では、各種斡旋あっせんや相談事の対応もやっている。


 何でもかんでも持ち込まれるものだから、自然と何でもやるようになった、ということらしい。


 冒険者ギルドは広場には面していなかったけど、「いかにも冒険者です!」という集団が行き来している方向に行くと、「いかにも冒険者ギルドです!」という見た目の建物があって、すぐにわかった。


 恐る恐る開け放された扉から足を踏み入れると、左手にカウンター、右手に掲示板が扉と並行に何枚も立っている。カウンターの前には丸テーブルが置いてあって、冒険者パーティと職員らしき制服を着ている男の人が話をしていた。


「ご用件はなんでしょうか?」

「ひゃっ」


 突然横から話しかけられて、私はびっくりして飛び上がった。


 私の悲鳴に驚いたのか、話しかけてきた職員のお姉さんは目を丸くしていた。


「驚かせてしまってごめんなさい」

「私こそ、びっくりしすぎてしまってすみません」

「ご用件は何でしょうか?」

「ええと……住む場所を探していて……」


 お姉さんは、私の体をざっと眺めた。


 ワンピースにトランク一つという格好で家を探す少女――こっちでは成人だから女、かな。どう見ても怪しい。


 街の住民なら持っているのはトランクじゃなくてかばんだろうし、この街に来たばかりというには身軽すぎる。


 だけど、お姉さんはそこには突っ込まなかった。


「住居の斡旋あっせんですね。こちらへどうぞ」


 お姉さんは、私をあいている丸テーブルに連れて行った。あ、胸のネームプレートにリーシェって書いてある。


「身分証を見せて頂いても?」

「あ……」


 生徒手帳を出そうとして、この世界じゃ全然役に立たないことに気がついた。ていうかそもそも持ってない。


「……持って来ていません」

「忘れただけですか?」

「……身分証を持っていません」


 怪しい。怪しすぎる。


 なのに、リーシェさんはあっさりとしていた。


「では、まずは冒険者登録をしましょう」

「私、冒険者になるつもりは……」

「何も本当に冒険をしなくてもいいんです。身分証を手にするには、これが一番手軽だというだけのことですよ」


 本当かな。何か裏があるんじゃないかな。


「何か、義務とかは発生しますか?」


 リーシェさんは、私の言葉が意外だったようで、少しだけ目を見開いた。


「発行料として銀貨十枚頂きます。一年ごとに更新料が銀貨十五枚かかります。新しく作り直してもいいですが、それまでの実績が引き継がれますし、登録が長い方が信用度が増すので、みなさん更新されます。その他、非常事態には協力要請に応じる義務がありますが、受けなかったとしても罰せられることはありません」


 私にデメリットは何もない気がする。でも身分証を発行するということは、ギルドが身分を保証するってことだ。ギルドに何らかのメリットがないとおかしい。


「冒険者の動向を把握しておきたいというだけですよ。厄介ごとを起こせば身分証は剥奪はくだつされ、ギルドに記録されます。それが嫌なら悪いことはできないんです」


 私の疑問は顔に出ていたのだろう。リーシェさんが答えをくれた。


 説明は筋が通っているように思える。それに、半分公的機関のような冒険者ギルドが利用者をだますとも思えない。


 銀貨十枚なら払える。


 それに、身分証がなければきっと何もできない。


 決めた。


「登録します」

「では登録用紙を持ってきますね」


 リーシェさんは紙とペンとインクつぼ、そしてちょうど生徒手帳くらいの金属のプレートを持ってきた。


「字は書けますか?」

「書けます」


 ざらざらとした感触の用紙には、名前と年齢を書く欄と、魔法の才能の属性が並んでいた。文章はまだ無理だけど、自分の名前と数字くらいなら書ける。


 私は名前の欄に「セツ」とだけ書いた。平民に名字持ちはいない。「世絆せつな」が発音しにくいことも知っていた。


 才能の所では、迷わず「無し」をチェックする。うっかり丸で囲んでしまいそうになったけど、こっちではチェックが正解だ。


 紙を返すと、リーシェさんは名前と年齢を隠すようにプレートを置いた。


 プレートには細かい模様が入っている。かどの一つに、小さな石がはまっていた。魔導具だ。


「手の平をここに当てて下さい」


 私がプレートの上に手の平を乗せると、プレート全体が光り、手をどけたときには、名前と年齢が表面に浮かび上がっていた。


「ようこそ冒険者ギルドへ、セツさん」


 この世界で、私がセツとして認められた瞬間だった。

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