第21話 攪乱

 砂利を蹴る軍勢。

 荒々しい息遣いが枯れた大地に染み渡る。

 美しさとはかけ離れた姿勢ながらも、修羅場を切り抜けるため懸命に走る山賊達。

 その集団の後方に紛れる、タクスス、ローズ、シャガの3人。

 1人囮のような形で、軍人達を相手取るクシノヤを遠目で見ている。


「……お父さん」


「……シャガ君、今は逃げよう……」


「おやおや名残惜しいのですか? 早く逃げないとお前の父親の努力が無駄になりますよ?」


「分かってるよ」


 逃げることしか出来ない現状に歯がゆさを覚えながらも、前へと進んで行くシャガ。

 その父親は、大勢の軍人に囲まれながらも、大勢の部下が逃げる時間を稼ぎに行く。


「どうした!? もう終わりかプロテア!!」


「……!! くぅ~全然鈍ってねぇ……流石っすねクシノヤ少将!! ……テッセンちゃん!! 目は大丈夫!?」


「なん……とか……!!」


「OK!! んじゃ、あの逃げてる山賊達の確保を頼むわ!! 俺ちょっと手が離せないんでね!!」


「……了解!!」


 ようやく明瞭な視界を取り戻したテッセンは、数人の部下を引き連れて逃走する山賊の確保に移る。

 当然それを見過ごす訳もないクシノヤは、進行を妨げるために、地面を粉々に砕こうとする。

 

「……余所見は禁止っすよ」


「むう!?」


 腰のホルダーから手慣れた手つきで拳銃を抜き取るプロテア。

 彼が言葉を言い終えるよりも早く、頭部目掛けた銃口から弾丸を打ち抜いていく。

 寸前の所で躱すクシノヤ。

 それと引き換えに、確保に向かったテッセン達数人を難なく素通りさせてしまう。


「ちっ!!」


「やれやれ……これだけ人数が居ても簡単にはいかないのね……自身無くすわ俺……」


「はっ……!! 昔と変わらんなプロテア」


「どーもどーも……たっく、やりずらいったらありゃしねぇ。あのー……大人しく連行されてくれます?」


「断る」


「ですよね~……聞いてみただけですよ。はぁ……何でこんなことになったんだか」


 拳銃を構えたまま夜空を見上げるプロテア。

 数日前のバカンス気分が既に恋しくなっていた。


「……貴族ゴミくずね……異論はないんすけどね……やり方ってもんがあるでしょ」


「軍に居続けることがか? 何も変えられなかったじゃないか」


「まあ……けどっすね……」


「悪いな、プロテア。俺はもう考え方を変える気はない。ただひたすら貴族達に喧嘩を売っていくだけだ」


「……あー分かりました、分かりましたよ!! お前ら、銃を構えて……麻酔じゃなくて殺す方の弾丸ね」


「プロテア大佐、いいのですか……?」


「ああ……殺す気で行かないとこっちが殺られるからね」


 部下へ指示を出すと、何かを決心したかのように、目に覚悟の炎が灯るプロテア。

 やる気のなかった数日前とは別人のようだ。

 そんなただならぬ殺気を感じてか、再度臨戦態勢に入るクシノヤ。

 彼の胸中も既に決まっているようだ。


「……墓参りぐらいはしますんで、クシノヤ少将」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 激戦を繰り広げる中、山賊達はひたすら逃げ続ける。

 やっと鉱山の外に位置する雑木林が見えてきた。

 草草を搔き分けその中へと進入することで、気が緩み始めた彼ら。

 その僅かな隙を逃がさない追跡者の言葉が耳に入る。


「……『燻れ』!!」


 激しい口調の男性。

 その声と共に、霧のような白い煙が辺りに充満し始め、近くの人間ですら目視することが難しくなる。

 逸れないように身を近づけるタクスス達3人。

 突如として起こった現象に、戸惑っている。


「……これは……ロー……むぐ?」


「すみません、私の名前を呼ぶのはNGで……知り合いの言葉っぽいので」


「……知り合い……?」


「ええ……テッセンって言う私に突っかかてくる年上の男性なのですがね……きっと彼の仕業でしょう」


「マジで……どうすんの?」


「向こうもコチラの姿を捉えることが難しくなるはずなのですが……持ってきてるでしょうねぇ~熱に反応するセンサー」


 ローズのその言葉通り、周囲からは山賊達の悲鳴が聞こえて来る。

 向こうからはコチラの居場所がハッキリ見えているかのように、絶え間なく次々に取り押さえられ、地面に倒される山賊達。

 このままでは、タクスス達が取り押さえられるのも時間の問題だ。


「……どうするんですか……?」


「……タクスス、大声で燃えろと言って頂けます?」


「……え……? 私、その言葉使えないのですが……」


「小声で私も言うので問題ないですよ。誰が言ったのかを偽装したいので」


 言葉の意図を理解したタクスス。

 かつて何度練習しても使えなかった忌々しい言葉を腹の底から上げる。


「……燃えろ!!」


 2人の声が雑木林に奇麗にハモる。

 闇を明るく照らす炎。

 やがてそれは、木々を真っ赤に燃やし、周囲の景色に溶け込む墨色の煙を上げ始める。


「……!! テッセンさん!!」


「……ちっ!! からくりに気が付いたか……?」


 センサーから目を離し、目前の燃え広がる木々を見つめるテッセン。

 先ほどまでハッキリと示していた目印は、ノイズだらけの情報しか示さない。

 立往生しているテッセン達とは対照的に、火傷覚悟で山火事に紛れ距離を取って行く3人と数人の山賊達。

 彼女達は、間一髪の所で、行方を眩ませることに成功したのであった―――

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