となりのあの子はツイてない!

ふじお

はじまり ツイてない少女との出会い

第1話  春は出会いの季節らしい


「はぁっ、はあっ、はぁっ、はあっ!

  やばいやばいやばいやばい!!」


息も絶え絶えに、人通りの少ない朝の住宅街を駆ける一人の少年。

その表情が彼の必死さを物語っている。


その後ろでは、


「ま、待て....」


20代半ばほどの男の霊が浮遊し彼を追いかけている。

まさしく幽霊から必死に逃げる少年といった構図であるが、






少年は叫ぶ


「クソ!高校初日から遅刻はまずいだろ!!」


幽霊も叫ぶ


「おい夕也ゆうや!!待てって!!」


少年は再度叫ぶ


「なんで起こしてくれなかったんですかアサヒさん!!」


幽霊も再度叫ぶ


「俺は何度も声かけたんだよ!!お前があと30秒だけとか言って30分も寝たんだろうが!!」


ギャアギャアと騒ぎながら走る2人(1人は浮いているが)


そう、少年は幽霊に追いかけられていたから死に物狂いで走っていたわけではない。ただ単にだけである。



少年のドタバタな高校生活が今、幕を開けようとしていた...




「あぁぁぁぁぁ!!!マジで遅刻するぅぅぅぅ!!!」


俺、宵宮夕也よいみやゆうやはとにかく走っている、今日から始まる高校に遅刻しないために全力疾走だ。


俺がこれから3年間通う春ノ宮はるのみや高校は、このあたりでも結構頭のいいとこで、部活も全国レベルの強豪もあったりと、まさしく文武両道といった学校である。

また、生徒たちは文化祭や運動会なのどの学校行事に全力で取り組み、全力で盛り上げ、全力でふざける(?)らしく、学校全体の雰囲気も良さそうだ。

お祭り騒ぎが好きな俺が行くのはこの高校しかねぇ!と我ながら謎のテンションで志望校を決め、合格するために必死に受験勉強をした。

おかげで合格が決まったときはちょっと泣きそうになった。




そんな高校に、俺は今遅刻しようとしている。


しかも今日は入学式だ。つまり、高校初日から遅刻である。悪い意味でみんなに名前を覚えられてしまうことになるだろう。それだけはなんとしても避けたい。


アサヒさんがもっと俺を真面目に起こしてくれれば...!


「だから俺は何回も声かけたって言ってんだろ!」


俺の心の呟きに怒るこの人はアサヒさんと言って、俺の守護霊だ。


俺は昔から霊が、というか周りの人の守護霊が見えた。守護霊というのは誰にでも一人は憑いている霊のことで俺たちを危険からさりげなく守ってくれている。

もし彼らがいなければ俺たちは怪我を繰り返し病院が大忙しになっていたに違いない。

ただほとんどの人には守護霊は見えないので、近所の人からは変なことを言う子だと思われていたようだ。

そりゃそうだろう、突然なにもないところを指差して「あの人面白い顔~」なんて笑われても恐怖でしかない。

近所のケイおじさん、何回も怖がらせてごめん。あの頃の俺は若かったんだ...


まぁそれはいいとして、この20代半ばくらいの男性が、俺の守護霊であるアサヒさんだ。

アサヒさんはぶっきらぼうでちょっと口の悪いところがあるが、俺が小さい頃から親切にしてくれていろんなことを教えてくれた、もう一人の親のような人だ。


ちなみに俺はアサヒさんを含めた守護霊に触れることはできない。ちょっとした裏技を使えば触れないこともないのだが、その話は後でね。


もちろん両親にアサヒさんは見えていないが、幼い頃から俺が何度もアサヒさんについて話していたので、存在は認識している。

高校に入るのをきっかけに一人暮らしをすると決めた俺を、「アサヒさんもいるなら大丈夫だろう」と言って快く送り出してくれた両親には感謝してもしきれない。

ほんとにアサヒさん見えてないんだよね?



────────────────────────────────────

──────────


だが寝坊した。遅刻しそうだ。

時刻は8時15分。

本来8時にはここにいないと間に合わない。


一人(二人)暮らしだけどアサヒさんが起こしてくれるだろうから遅刻なんてありえないなと呑気に笑っていた過去の俺をぶん殴りたい。


まさかアサヒさんが真面目に起こしてくれないなんて...

アサヒさんはときどきふざけることはあるけれどまさか高校開始という大切な門出の日にまでふざけるとは思わなかった...


「だぁかぁら!!俺はお前になんっかいも声かけたの!!起こそうとしたの!!お前が起きなかったの!!!」


本当にアサヒさんが声をかけていたのは俺だったのだろうか?

間違えて違う人起こそうとしてたんじゃない?


「んなわけねぇだろうが!!」


そこまで言うのであれば俺が起きなかったことを認めざるを得ないか...

なんて冗談を言っているとマジで遅刻しそうだ。

仕方ない。とっておきを使おう。


「あ?夕也、アレやる気か?」


はい、お願いしますアサヒさん


「チッ、しょうがねぇなぁ」


舌打ちしながらも俺のお願いを聞いてくれるアサヒさん、やはり優しい人である。


「やるぞ夕也!」


「はい!アサヒさん!」






「「合体!!」」







二人の声がシンクロする。


そして、



俺たちは合体した。



何を言っているかわからないかもしれないが、

俺たちは合体したのだ。

え?本当に何を言っているかわからないって?

いやだから俺たちは合体したんだよ。


そう、俺たちは「合体」ができる。


このことに気づいたのは小学5年生くらいの頃だっただろうか。

当時の俺はロボットアニメに夢中だった。

男の子は誰だってロボットに夢中になる。

たぶん。


そのロボットアニメでパイロットがロボットに搭乗するときの掛け声が「合体!」だったのだ。

今になって思うとロボットに乗ることを合体と言うだろうか?まぁたしかに合体っちゃ合体か?


それはともかくそのロボットアニメに憧れた俺は当然真似をする。

折角アサヒさんが見えるんだ。

真似をしないわけにはいかないだろう。


「お前その感覚結構おかしいからな?」


そんなことないですよアサヒさん。


そして小学5年生の夏、俺たちは初めて合体した。


────────────────────────────────────

──────────

「いくよアサヒさん!」


「はいはい」


「せーのっ!」


「「合体!!」」


これが初めての合体だ。

あれ?アサヒさん結構ノリノリでは?


そして合体してしまった俺たちはというと


「「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!???」」


「ほっ、ほほほっ、ほんとに合体しちゃった!」


「なんっじゃこりゃぁぁぁぁぁ!!??」


もうパニックだ。

そりゃそうだろう、急に合体したのだから。

このときはあまりの驚きに騒ぎすぎて母さんにちょっと怒られた。そのままシュンとしてたら合体が解除されてた。

──────────

────────────────

────────────────────


ちなみに合体と言っても俺とアサヒさんの体を足して2で割った姿になるわけじゃない。

そんなことしたらただのバケモノが生まれる。


合体すると見た目は俺の体そのままで、そこにアサヒさんのオーラみたいなのを纏う感じだ。

そのオーラが見えるのは俺みたいに守護霊が見える人、もしくはそういったものを感じとれる人くらいなので、周りの人からするとただ一人で「合体!」と叫んでるヤバい奴だ。

俺だったら間違いなく警察に通報する。


それじゃ合体したところでなんの意味もないと思うだろう。

俺も最初はそう思った。

しかしこれはすごい能力だったんだ。

いや、ほんとすごいから!嘘じゃないから!!





なんと、身体能力が上がる。





それだけ?って思った?

うん、それだけだよ。



文字にするととてもショボく見えるかもしれないが、実際この身体能力強化のおかげでピンチを免れた部分が何度もある。

シンプルに足速くなったりジャンプ力上がったりすると便利なんだよ。

あと合体すると守護霊とかちょっとした悪霊みたいなやつにも触れるようになる。

守護霊に触れる裏技とはこの合体のことだ。


折角悪霊もどきにも触れるようになるのでたまに悪霊退治をしてたりする。だいたい拳で一発だ。これはもうヒーローなのでは?

ヒーロー名考えとくか...


とはいえこのようにヒーローもビックリレベルの身体能力強化は危険を引き起こす可能性もあるので、俺たちのとっておきということにして、悪霊が出たり、よほどのことがない限り使わないように心がけている。



「そのとっておきを今使ってるよなぁ!?」



怒らないでよアサヒさん仕方ないじゃないか、高校に遅刻ってのはよほどのことだよ。


「あぁわかったからとにかく急ぐぞ」


そして二人で息を合わせて走りだした。別に息合わせる必要ないんだけどね。というか勝手に息は合うし。伊達に生まれてからずっと一緒にいないのだ。


ただ、身体能力が強化された状態のダッシュで人にぶつかったら相手を怪我させてしまうかもしれない。

じゃあどうするか。 簡単だ。


人がいないところを通ればいい。


俺たちは近くのビル群の裏路地に入り、まずは右側のビルに飛び、その壁を蹴って反対側のビルに飛ぶ、そしてまたその壁を蹴って最初に飛びついたビルに再び飛びつく。

いわゆる壁キックである。


前にYO!TUBEで見かけたパルクールの動画を見よう見まねでやってみたら習得できた。

もちろんアサヒさんと合体した状態でだ。


ちなみに合体していない状態でやってみたら反対側の壁に一回飛びつくのが限界だった。


アサヒさんと合体している今の俺は無敵なので壁キックで軽々とビルを上っていく。


そしてビルの屋上までたどり着いた俺たちは、学校目掛けて建物の屋根を駆けていく。

さすがに朝っぱらから家の屋根に上ってる人はいないだろう。遠慮なく走らせていただく。

気持ち足音抑えめに走っているけど音が鳴るものは鳴るので許してほしい。ちょっと大きい猫みたいなものだ。ニャー。


人様の家の屋根を走り、交差点を大ジャンプで飛び越え、華麗な受け身をとりながらまた走る登校RTAもどきをしていると、俺たちの青春の舞台、春ノ宮高校が見えてきた。


現在時刻は8時20分。合体した地点からここまで5分で来た。学校へ8時30分までに登校するようにと言われている。案外余裕だったな。


「いや俺と合体してるからだぞ?ふつうにお前だけだと100%遅刻してるからな?」


はい、今回ばかりはアサヒさんサマサマです。


とにかく遅刻は免れたなぁなんて思いながら地上に降りて歩き出したとき、


「夕也、あの工事現場の鉄骨あぶねぇな」


と突然アサヒさんが言う。

たしかにあのクレーンに吊り下げられた鉄骨は今にも落ちてきそうだ。

そこまで高さはないので遠くまで飛んでいくなんてことはないだろうが、近くにいたら大怪我、最悪死亡なんて事態が目に見える。


近くにいたら大怪我をしてしまうかもしれない、ならば近くに人がいるときに落ちなければいいのだ。


こういうときこそ守護霊の力が発揮される。


守護霊は自分が守護してる人物がこのような危険なところを通りかけたとき、なんとかしてその人物の足を止めるなり違う道へ行かせたりするのだ。


もしかしたらこういう経験がある人もいるのではないだろうか。なんとなーく道を変えてみたら元々通ろうとしていた道で事故があったとかなんとかっていうやつだ。たまたま道を変えて命が守られたのは守護霊のおかげである。


ただ守護霊でもどうしようもないものはある。

人同士の事件や事故となると対応が難しくなってくるのだ。

アサヒさん曰くお互いの守護霊が危険を避けようと頑張ったために両者に不利益が生じてしまうことがあるらしい。


今アサヒさんが俺に危険を伝えてくれたのも守護霊の習性みたいなものだ。

ただ、ここから春ノ宮高校へ行くにはあの鉄骨のそばを通らなければならない。まぁいざ落ちてくるとなったら今俺と合体しているアサヒさんが勝手に体を止めてくれるだろう。合体とは便利なものである。


今俺の他にこのあたりを歩いているのは、同じ春ノ宮高校の制服を着た銀髪の少女くらいだ。

彼女も新入生だろうか。どこか儚げな雰囲気がある。

俺の斜め前ちょっと離れたところを歩いているので顔はよく見えないが、あの雰囲気は間違いなく美少女だ。俺が言うのだから間違いない。

ただどこか彼女には違和感を覚えるがそれがなにかいまいちわからない。


「なに言ってんだお前は...彼女もできたことねぇくせ...に..!?」


なんてこと言うんですかアサヒさ「夕也!!」


急にアサヒさんが叫んだ。

これは真面目なときのアサヒさんだ。

いったいどうしたというのか。


「嫌な感じがする...」


言われて前方に見えるクレーンから吊り下げられた鉄骨はもういかにも落ちますよーって感じを出していた。工事現場の人はなんであんなところにぶら下げて放置してるんだよ!

てかあれズルズル滑ってきてないか?


今にも鉄骨が落ちてきそうだ。

危険すぎでは?


とりあえず俺は一旦止まった。しかし俺の斜め前を歩いていた銀髪の少女は足を止めない。

え?あの子の守護霊なにしてんの?


あ、落ちる。


自分から動いたのか、アサヒさんが動いたのかはわからないが、とにかく俺の体は動いていた。


全力で銀髪の少女に駆け寄り彼女の体を抱えて鉄骨が落ちてくるより先に前へと駆け抜け勢いそのまま学校へと到着する。

周囲からめっちゃ見られてる。

俺の顔になにかついていただろうか。


後方では鉄骨が落下した轟音が鳴り響いた。

いや思ったよりすごい勢いで落ちてるんですけど。あんなの下敷きになったら即死間違いなしだ。


なんて考えている場合ではない。少女に怪我はないだろうか。抱えている少女を見るととりあえず怪我は無さそうで安心したが、彼女の顔はなぜか真っ赤だった。

てかこの子やっぱ可愛い!

俺の目に狂いはねぇ!


そんな感想はともかく、なぜ少女は真っ赤なのだろうか。熱でもあるのか?

いやでもさっきまでふつうに歩いてたしな。

事故に巻き込まれかけたショック?

だとしたら普通顔は真っ青になりそうなものだけど。


「夕也、お前自分がその子をどう抱えてるか分かってんのか?」


ふわふわと俺の前を浮遊するアサヒさんに言われて自分たちの状態を客観的に見てみる。

俺はこの儚げ美少女をお姫様抱っこしていた。


なるほど、そりゃ恥ずかしいよな

顔も真っ赤になるわ


さっき周囲からじろじろ見られたのもこのせいか...

あぁぁぁぁ....


俺も恥ずかしくなって顔に血が集まってきた。

赤面コンビの完成だ。

というかいつの間にアサヒさん俺と分離してたの?


「も、もう大丈夫なので下ろしてくださいぃ」


そう震える声で言う少女。


「ご、ごめん!いつまでも触られてちゃ嫌だよね!」


俺は慌てて少女を下ろす。


「い、いえ!あなたのおかげで命が助かったわけですので!感謝しておりましゅ!!あっ//」


あ、噛んだ。可愛い。恥ずかしがってるのも可愛い。


「お、おおお、お名前をうかがってもよろしいでしょうか!!」


めっちゃ恥ずかしがりながら丁寧に名前を聞いてくる。

可愛い。


「俺は宵宮夕也よいみやゆうやって言います。あなたは?」


「あっ、ごめんなさい!人様に名前をうかがう前にまず自分が名乗れという話ですよね!!わ、私は朝野時雨あさのしぐれと申します!」


いい名前だなぁ素敵だなぁと呑気な感想を抱くと同時に、俺はずっと抱いていた違和感の正体にようやく気づいた。むしろなぜ今まで気づかなかったのか。


朝野時雨あさのしぐれと名乗った銀髪美少女には、守護霊が憑いていなかった...。

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