48話。近衛騎士団が味方になる
「ひぃやぁあああっ! いっそ殺せぇえ!」
近衛騎士たちを監禁したという倉庫に近づくと、女の子の絶叫が聞こえて来た。
「あっあん……っ! いや、ちょっと無理、やめてぇええ! キャハッハッハハッ!」
「こら、お前たち! 女の子に何をやっているんだ!」
仰天した僕は、倉庫の扉を開け放って、リーンと一緒に飛び込む。
「こ、これはアルト様っ!」
少女騎士を拘束して、天井から宙釣りにしていた黒ローブ集団が一斉にひざまずいた。
彼らは羽根ペンの羽根の部分で、少女騎士の脇の下や足の裏を、こしょこしょ、くすぐっていた。
「今、コヤツめを、この世でもっとも苦しい拷問『くすぐりの刑』にかけて、情報を吐かせようとしていたところで、ございます」
「クククッ……どんな剛の者でも心が折れて、痴態を晒します」
笑えないことをやっていた。
「その娘を今すぐ、解放しろ。近衛騎士団とは僕が直接、話す!」
近衛騎士の指揮官と思われる男性には、見覚えがあった。副団長のシリウス殿だ。
変身魔法で顔の形を変えていたようだが、すでに魔法は解除されていた。
シリウス殿たちは突然の展開に、鳩が豆鉄砲を食ったようになっていた。
見たところ近衛騎士たちは、怪我などしていないようだ。早めに駆け付けてよかった。
彼らの拘束具を外すように、黒ローブ集団に命じる。
シリウス殿たちは、全員、安堵の息を吐いた。
「配下の者が拷問めいたことをしてしまって、申し訳ありません。ほら、みんなも謝って」
「……拷問してしまって申し訳ありませぬ」
とにかく、全員で頭を下げて許しを請うた。
「いえ、我々も変装などしての訪問でしたので。くせ者と誤解されても致した方ありませんでした。
それに部下も、くすぐられただけですので……」
「あっー! お客さん、ウチの従業員が手荒なマネをしてしまって、申し訳ありませんですの! この人たちは最近入ったばかりの新人で、まだ仕事が良く分かっていませんの!」
クズハも倉庫に突入してきて、平謝りする。
「もう少しで、笑い死にさせられるところでしたよ……
あっーもう、お腹が痛い……」
目尻に涙を浮かべた少女騎士が、頬を引くつかせた。
「リーン。彼女に回復魔法をかけてあげてくれ」
「はい」
少女騎士が辛そうだったので、リーンに癒してもらう。
「ところで、シリウス殿。どうして冒険者になど変装してシレジアにやってこられたのですか?」
「正体が露見してしまった以上、隠し立てはいたしません。
私は王家に仕える近衛騎士団の副団長シリウス。この者らは全員、近衛騎士です。
アルト殿が神竜バハムートを召喚獣にした。エルフと盟を結んだなど、数々の信じがたい報告を受け。その事実確認のために、我々が王国から派遣されたのです」
「なるほど。もうひとつの質問にもお答えいただけると、ありがたいのですが。なぜ、お忍びで?」
「それは……っ」
僕の追求に、シリウス殿が言い淀む。
「おおかた、王国にとって突然、辺境に強大な力を持った領主が現れては困るということでしょう」
「アルト様がどれほどの力を持っているのか? 王家に忠誠を誓う気はあるのか? 腹の内を探り、場合によっては暗殺するのが、この者らの使命であったと思われます」
黒ローブ集団が代わって答えると、近衛騎士たちの顔色が変わった。
図星だったらしい。
「アルト様を暗殺って、何も悪いことをしていないのにですか?」
リーンがムッとした表情になる。
「自分たちを滅ぼしうる力を持った相手とは、王家のような権力者にとって脅威なのでございます。
いつ寝首をかかれるか、わかりませんからな」
黒ローブの男が、したり顔で答える。
「そういうことか……ではシリウス殿。帰って国王陛下にお伝え下さい。
僕は王家に反逆するつもりなどありません。僕の目的は、この土地をモンスターと人間が共存共栄できる楽園に変えることなんです」
「わかりました。お伝えしましょう。
しかし、この地の調査がまだなので、しばらく滞在許可をいただけないでしょうか?
王家に対して、やましいところがないとおっしゃるのであれば、すべてを見せていただきたいのです」
シリウス殿は、転んでもタダでは起きないようだ。
「もちろん、良いですよ」
痛くもない腹を探られるのは、多少、不快ではあるけれど。
王家と信頼関係を結ぶためには仕方がない。
「ではダークエルフたちが魔王ベルフェゴールを復活させようとしている件について、伝書鳩でお伝えしましたが。
これを阻止するための支援をしていただけないでしょうか? 一領主の手には余る問題です」
領主は王家に忠誠を誓い、王家は見返りに領主を守る。
これが理想的な王国の姿だ。
「にわかには信じ難いことですが……それも国王陛下とアンナ王女殿下に進言いたします。
また、この場の我々でよろしければ、ダークエルフと戦うために手を貸させていただきましょう」
「えっ、シリウス副団長、本気ですか?」
他のメンバーたちは、怪訝そうな顔をしていた。
「本気もなにも。ダークエルフは、若い娘さんたちをさらっているというではありませんか?
そのような所業、騎士として見過ごせません!」
シリウス殿が義憤に燃えて叫んだ。
その時、鐘の音が、夜の静寂に響きわたった。
これは敵襲を知らせる音だ。
「な、なにごとですか!?」
僕の【魔物サーチ】のスキルでは、半径5キロ圏内に魔物の群れの反応はないが……
うん? いや……これは村を包囲する形で、とてつもない数のダークエルフたちが、続々と押し寄せて来ているぞ。
その数、1000、2000、3000……バカな、まだ増えるだって?
僕は戦慄した。
しかも、相当な数のモンスターも引き連れている。
これは、一刻も早く手を打たなければならない。
「大変だゴブ! ダークエルフの大軍だゴブ!」
物見櫓で警戒に当たっていたゴブリンの叫び声が聞こえた。
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