46話。【王宮の使者SIDE】近衛騎士、アルト村の非常識な繁栄ぶりに驚く

「と、とてつもない経験をしました……」


 客室から降りた私──近衛騎士シリウスは、深い安堵の息を吐きました。

 なにしろ飛竜が吊り下げる客室に乗って、空を飛んでアルト村までやってきたのです。


 飛竜たちは、本当に従順でした。

 アルト殿がテイマーとして桁外れの実力者であることを、痛感させられました。


 人々から英雄と讃えられる人格者で、能力も抜群……

 なぜアルト殿が辺境に追放されたのか、私はまったく理解できません。


「楽しかったですね、副団長! じゃなくてシリウスさん」


 部下の少女騎士は子供のように、ずっとはしゃいでいました。

 空から落ちたらどうしよう、という恐怖感は彼女には無いようです。

 正直、うらやましいです。


 そして、副団長と呼ぶのはやめなさい。

 今は隠密行動中ですよ。


「皆さん、温泉宿はこちらですのよ! クズハに着いて来てくださいの。

 魔王のダンジョンの探索許可が欲しい方は、あちらへどうぞですの!」


 狐耳の少女クズハ殿が、旗を振って私たちを引率してくれます。


 ここは一見すると、モンスターによって簡単に踏み潰されてしまいそうな小さな村でした。

 しかし、そこらじゅうに活気がありました。


 物見櫓には弓を手にしたゴブリンたちが立って、周囲を警戒しています。

 アルト殿が、魔族であるゴブリンすら支配下に入れているという報告は、本当でした。


「まずは噂の温泉の調査をしましょうよ、シリウスさん!」


 少女騎士は調査という名目で、温泉を楽しむ気、まんまんでした。


「そうですね。その後で、魔王のダンジョンの探索許可もいただきましょうか。私たちはダンジョン探索に来た冒険者ですので……」


 今回の調査対象ではないので、新ダンジョンについては、表層を軽く見て回る程度にするつもりです。


 その時、私は意外な物を見つけて、声を失いました。

 ……村の中央にあるのはヒールベリーの木でしょうか?


 季節外れにもかかわらず、大きな実が連なっており、村人たちが収穫をしていました。


「し、し、シリウスさん、アレ!?」


 仲間たち全員の視線が、一点に釘付けにされました。


 そこには見惚れるほど美しい少女がいました。彼女が手をかざすと、地面からヒールベリーの木が驚くべき勢いで生えてきたのです。

 その木はあっと言う間に、大量の赤い実をならせました。


「ふうっ! 実を収穫できるところまで成長させたわ。さっ、みんなガンガン摘み取っちゃって。

 『農業担当大臣』こそ、アルト村のかなめだって証明してやるのよ!」


「おおっ! さすがは我らが豊饒の女神ルディア様!」


 ツンと尖った耳をした美形の男女が、その少女を囲み、まるで女神であるかのように崇めています。

 少女を囲んでいるのは、間違いなくエルフたちです。


 アルト殿がエルフと盟を結んだという報告は、間違いないようでした。

 エルフは本来、人前に姿を見せたりしません。


 では、あのルディアという少女は、一体、何者なのでしょうか? 

 まさかエルフの王女殿下? しかし、耳は尖っておらず、見たところ人間のようです。


 エルフたちは気位が高く、人間を嫌っているので、人間の少女にひれ伏すなど、あり得ないと思うのですが……


「クズハ殿! 質問をさせてください! 今、あそこにいる娘さんの目の前に、ヒールベリーの大樹が生えてきたのですが。

 一体、どういうことで、彼女は何者ですか!?」


「ああっ! ルディアお姉様はエルフたちが信仰する豊饒の女神で、植物を操る力を持っていますの」


「おっ……おっしゃっていることの意味がわかりません!」


 女神とか何の冗談でしょうか?


「むーっ! 冗談じゃ、ありませんのよ。クズハは温泉の女神で、この村には他に鍛冶の女神。剣神の娘なんかもいますの」


「はぁ……っ?」


 その時、すさまじい音がしたので、思わず目を向けると……

 尖端が回転するハンマーを地面に突き刺した美少女が、大量の土砂を巻き上げ穴を掘っていました。


 もう、どこからツッコめば良いのでしょうか?


 軽く目まいを覚えましたが、私はアンナ王女殿下の密命を受けて、調査に来た身。不可解なできごとを見過ごす訳には、いきません。


「アレは何をやっているのですか?」


「あーっ! あれはヴェルンドお姉様が、ドリルで避難用シェルターを作っていますの」


 クズハ殿に尋ねると、またもや要領を得ない答えが返ってきました。


「避難用シェルター?」


「ダークエルフなんかが攻めて来た時に、村のみんなの身を守れるように、安全な避難所を地下に作っていますの。

 ヴェルンドお姉様は、武器を作るのと、穴掘りするのが3度のご飯より好きなんですのよ!」


「そ、それはまた変わったお方で、ありますね」


 仲間たちも話について行けなくて困惑しています。

 

「はいなの! 避難用シェルターは、突貫工事で作ってますので、すぐに完成しますの。

 もし何かありましたら、その時は、クズハの言うことに従って、みなさん避難して欲しいですの!」


 どうやら、あの少女は魔物から民を守るための防衛施設を作っているようです。

 ご領主アルト殿の民を想う気持ちが伝わってきます。

 これなら温泉宿にも、安心して泊まれますね。


 しかし、初日から常識外のことばかりで、少々、疲れました。


「本格な調査は明日以降にして、今日は温泉宿で休みましょうか……」


「さ、賛成です」


 仲間たちも、これに賛同してくれました。



 温泉は混浴露天風呂でした。

 男女一緒のお風呂に、水着を身に着けて入浴します。


 全ステータスを3倍にするという効果は、本当でした。効果は24時間で切れるようですが、この温泉があれば最強の軍隊が組織できますね。


 少なくとも、防衛戦では相手が10倍以上の兵力であっても、ものともせずに勝てるでしょう。


 ふぅ……ちょっと現実逃避したくなってきました。


 アルト殿が反乱など起こしたら、鎮圧するのは、王国の総力を結集しても骨が折れそうです。


 豊饒の女神が本当にいたら、兵糧攻めも無意味ですしね。


 はあっ、空は満天の星々がきらめいて、絶景です。

 

「ふぅ〜〜。今日もソフトクリームをいっぱい作りましたね。

 みなさんに喜んでいただけてよかったです。アルト様にご恩返しするためにも、もっと、もっとがんばらなくては」


 見目麗しいエルフの少女らが、連れ立って脱衣場からやってきました。

 思わず視線が向かってしまいます。


「ティオ姫様、少々、根を詰めすぎだと思われます。明日あたりは、お休みされては……」


「でも、イヌイヌ族のみなさんから『もっともっと作って欲しいですワン』とお願いされているんです。カワイイあの方たちに喜んでもらえると、うれしくて」


「アルト様にご恩返ししたいお気持ちはわかるのですが……

 あのイヌイヌ族の商人たちからは、なんというか。不穏な物を感じます」


 少女たちの会話が耳に入ってきて驚きました。

 どうやら、やってきたのはエルフの王女ティオ様であるらしいです。

 月夜の中でも目立つ、雪のような白い肌。凛然とした美しさを持つお方です。


 水着姿の姫君をあまりジロジロ見て、変に思われては困るので、慌てて視線を反らします。


「でもソフトクリームが人気になれば、アルト様が夢を叶えるお手伝いになります。

 アルト様のお役に立てるのなら、私はどんなことでもしたいと思っているのです」


「姫様……っ!」


 ティオ姫様は、どうやらアルト殿にかなりの恩義を感じているようです。

 エルフの姫君の好意と信頼をここまで獲得されているとは驚きました。


 アルト殿の夢とは、シレジアを人間とモンスターが共存共栄できる地とすることのようです。

 これを知れたのは、大きな収穫でした。


 できれば、ティオ姫様と直接話してみたいのですが。何分、接点となる話題がありません。


 明日、話題作りのために姫様の作ったソフトクリームを買ってみるとしましょう。


 風呂から出た私は、名物だという牛乳をいただきました。

 この牛乳が地下水で冷やされていて、また格別においしかったです。


 これは任務とは関係なく、またシレジアに来たくなってしまいますね。


「がっ……!? ま、まさかっ」


 突如、意識がもうろうとして、私は牛乳瓶を床に落としました。

 信じ難いことに、今、口にした牛乳に睡眠薬が盛られていたようです。急激な眠気が襲ってきます。


「クククッ……顔を変えての変装とは手の込んだことだが。油断しおったな」


 温泉宿の従業員が、暗い愉悦のこもった目で、膝をついた私を見下ろしていました。


 先ほど『風呂上がりの牛乳は最高ですよ。ぜひお試しなってください』と、人の良さそうな笑顔で、牛乳を勧めてくれた男です。


「何者で何が目的か……洗いざらい吐いてもらうとしようか?」


 気がつけば、ただならぬ気配を漂わせた男たちに私は取り囲まれていました。

 一体、何者? という疑問を最後に、私の意識は闇に飲まれました。

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