第36話「辞めてくれないか?」

「失礼します」

真紀は、校長室のドアを開けた。


「1年2組の八神 真紀です。冴島先生と、1年3組の河村 美有希さんについて、お話があります」

「八神さん。何ですか?」


「これを見てください」

そう言って、真紀はスマートフォンの動画を見せた。

万里が美有希にバラの花束を渡し、家に入って行く──。

音声は遠くから撮られていたため、聴こえなかった。


「これは?」

「冴島先生が、河村さんにバラの花束を渡して、河村さんの家に入って行くところです。この日は河村さんの誕生日でした」

「『河村さんのご家族は、夏に交通事故で死亡した』と聞いています。しかも、一時期ショックで記憶を失くしていたとか…」

「それでも、えこひいきし過ぎです!!!」

「──分かりました。私の方から、冴島先生に注意しておきます」

「よろしくお願いいたします。失礼しました」

そう言って、真紀は校長室を出て行った。


「──」



「冴島先生。ちょっといいですか?」

校長先生に呼ばれ、万里は校長室に来ていた。


「冴島先生。ある生徒から、『冴島先生は、1人の生徒をえこひいきし過ぎている』と言われて、動画をみせられましたよ」

「えっ!?」

「遠くから撮られていたため音声は聴こえなかったのですが。他の生徒からも、少しずつですがそういった意見が出ているのも事実です」

「大変、申し訳ありません!」

万里は頭を下げる。


「冴島先生は、職員からはもちろん、生徒からも大変人気があります。注意してください。これ以上そういったクレームが出てしまうと、私もかばいきれません。酷くなれば、『退職』も視野に入れていただかないといけなくなりますよ?」

「はい…」



「万里。河村の件で校長室に呼ばれたんだって?」

「はい…」

相談室で、弘次と万里が話をしている。

「誰がチクったのかな?」

「分かりません…」

「下手したら、辞めさせられるかもしれないぞ?」

「分かっています。好きになった時から、覚悟はしてましたから──」


そう言って、万里は遠くを見た。

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