第3話運命の人~うれしい誕生日~
4月8日。今日は、万里の誕生日だ。
そして、入学式の日でもある。
「行ってきます」
家を出て、車で学校に向かう。
「冴島先生!おはようございます」
「おはようございます」
「冴島先生~。2年生に上がって来なくて、すごく残念なんだけど~」
「仕方ないよ。こればかりは、校長先生が決める事だからね」
「先生、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます」
──そう。今日は、万里の24歳の誕生日だ。
職員室に着くと、いきなり弘次が話しかけて来た。
「万ちゃんおはよう!&ハッピーバースデー!…あれ?元気無いね~」
弘次は、赴任(ふにん)してきた1年目から万里の事を気にかけてくれていた人物だ。
今日も“初めての主担任で生徒に会うので不安になるだろうな”と心配し、珍しく早くから出勤していた。
「やっぱり、初担任は不安で…」
「大丈夫だって!不安がってたら生徒だって不安になるぞ!“この先生大丈夫かな?”ってさ!」
「そう…ですよね」
「そうだよ!何か自己紹介の時面白い事言って、みんなの心をガッチリ掴(つか)んじゃえよ!」
「分かりました…」
“自己紹介、何言おう?”
朝礼中、ずっとそればかりが気になっていた。
“とりあえず名前言って…”
「じゃあ頑張れよ!」
弘次に背中を強く叩(たた)かれ気合いを入れられた万里は、ゆっくり1年3組のドアを開ける。
教壇に立ち、チョークで自分の名前を書く。
「はい、静かにしてください!」
静かになるのを待ち、とりあえず周囲を見回す。
“うわ~。『高校デビュー』してる子、多過ぎだろ!”
明らかに“本当に先月の面接に来ていた生徒達と同一人物か?”と思う様な生徒が多かった。
“この子達を1年間、僕は担任するのか…”
急に不安になってきたが、万里は弘次の言葉を思い出した。
「はい。僕が1年3組を担任する事になりました冴島 万里です。よろしくお願いいたします。ちなみに担当教科は英語。誕生日は今日。彼女は居ません」
『彼女は居ません』──これが、万里にとっての最大の『面白い事』だった。
「先生、彼女居ねぇの?もしかして、ずっと?」
生徒からヤジが飛ぶ。
「こら!想像に任せるよ!」
「もしかして童貞?」
「こら!入学式もあるんだから、そういう話はあと!」
“童貞だけど…”
万里は今まで、女性と付き合った事は1度も無かった。もちろん、風俗経験も無い。
「じゃあ…。簡単に自己紹介してもらおうかな。有本(ありもと)君…から、よろしくお願いします」
順番に自己紹介が進んでいく──。
「河村 美有希です。趣味は音楽観賞です。よろしくお願いします」
“本当に僕のクラスの生徒になったんだな。本当だったら、ここが初対面だったはずなのに。彼女はあの時の事を覚えているんだろうか?”
「じゃあ全員自己紹介が終わったな。では、ピアスしてる人は外(はず)して。体育館へ行きましょう。廊下に出てください」
「河村さん。河村さんから2列目になります」
「はい」
美有希から2列目に並ぶ。という事は、美有希が万里のすぐ後ろに居て、入学式で入場するわけで…。
そう考えると、万里は急に恥ずかしくなってきていた。
体育館で、入学式が始まった。
吹奏楽部の生演奏で、1組から順番に入場していく。
「次は、3組です。冴島先生」
「はい」
万里が、クラス名簿を開く。
「有本 勇気(ゆうき)」
「はい」
順番に3組の生徒の名前が、万里から呼ばれていった。
入学式を終え家に帰ったのは、夜だった。
「兄ちゃん、お帰り~」
「亜矢(つぐや)。ただいま」
冴島 亜矢──彼は大学2年生である。お調子者で、明るい性格だ。
「お誕生日、おめでとう!」
「ありがとう。──兄さん、ただいま」
「おぅ。お帰り」
『兄さん』──冴島 健人(けんと)は、万里の兄だ。小児科医をしている。
「母さん。ただいま」
「…お帰りなさい」
母親の冴島 愛鈴(メイリン)。
父親は、まだ仕事から帰っていないようだった。
自分の部屋に入り、バッグを椅子に置く。
ベッドに座り、ひとつ大きなため息をつく。
すると、ドアのノックする音が聞こえてきた。
「万里。ちょっと良いか?」
「兄さん?良いよ」
ドアを開けて、健人が入って来た。
「まぁ…座れ」
「あ…」
健人と共に、再び万里はベッドに座った。
「万里。最近、元気無いよな?何かあったのか?」
「えっ?」
「『初担任を任された』だけの悩みじゃないだろ?何か…恋…とか」
「──!!」
「やっぱり…。オレは今は小児科医をしてるけど、前は精神科医を目指してたから何となく分かるんだよ。特に同居してる家族だしな」
「…」
そう。健人はある事が理由で精神科医を目指していたが、小児科の研修をしていた際ある事がきっかけとなり、そのまま小児科医になったのだ。
「まさか…生徒じゃあないだろうな?」
「まっ!…まさか!!」
「うわ~、図星か。先月からこんな感じだったから“多分そうだろうな~”とは思ってたけど。『先月から』って事は、新1年生か!」
万里は、ゆっくりと頷(うなず)いた。
「あちゃー!」
「しかも、僕のクラス」
「う~わ!ヘビの生殺し状態だ!」
「そこまでじゃあ無いけど…」
「…可愛いの?」
「…うん。笑顔がとても可愛いんだよね」
「うわ~。幸せそう!」
万里の脳裏には、美有希が浮かんでいる──。
「そういえば。兄さんこそどうなの?結婚話とかまだ出さないの?」
「…まだ。彼女がOK出してくれないんだよ」
「兄さんこそ。お医者さんだし、断ったりする理由も無いと思うけどな」
「多分…。彼女自身、負い目を感じてるんだろ。バツイチ子持ちだし、子どもも病気がちだし。『それでも良い』ってずっと言い続けてるんだけどね」
「僕なら、そう言われたらすぐに兄さんと結婚しそうだけどな」
「女性は難しいのよ」
そう言って、健人は万里のベッドに寝転がった。
「ご飯よ~」
愛鈴の声がする。
父親が帰って来たようだ。
今日は、万里の誕生日。
ケーキが待っている──。
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