第6話 仕切り直し

 次の瞬間には、真っ白な空間に戻っていた。

 ただ一つ違うのは先程の幼女——ヴェルトラム——が、寝そべってポテチを貪っていることだ。綺麗なゴスロリ服も、金糸のごとく流麗な髪も、白い床に広がっている。

 それでも『汚い』とか『はしたない』と感じないのは、この部屋自体が清潔を通り越して殺風景なせいだろう。


「んお? えぇ……君さ、何してんの?」

 こちらに気付いたヴェルトラムが、かすかに眉を寄せて尋ねてくる。明らかに好意的じゃない。

「……『さあ、やるぞ』って思っていたら、いきなり敵に潰されたんだよ」

 しかしこちらとしては、素直に正直に話せばいいだけだ。

 あれはどうしようもない。



「うわぁ……クソザコじゃないか。君、恥ずかしくないのかい?」



 あれほど美しかった幼女の顔が歪んだ。

 最初の飄々とした態度はどこにいったんだこいつ。まさに「ドン引きだよ……」と言わんばかり……いや、それどころか嘲りの色までみえてるぞ!


「テメっ……! いきなり草原に放り出すのは百歩譲って許すとしても、あんな一つ目大巨人がいる草原にすることないだろ!」

「はぁ? いや……」

「どうにもならないよ? どうにもならないだろ? どうにもならなかったんだよ! ステータスもスキルもクソも確認する間もなく一撃死じゃい!」


 幼女の表情が変わる。

 何かを思案するような、悩むように顎に手を当て「ふーむ、どうしたんだろ?」と呟き始めた。

 あれ? ひょっとして、なんか想定外のことが起きて……おい、考えながらポテチ食うな。手を止めろ!



「……とにかく、もう一回行ってくれるかな?」

「また潰れたトマトみたいにされて『クソザコ』呼ばわりされろってか?」

 何度やり直しても、あの草原からスタートするなら同じだろう。

 まともに戦うのは論外、逃げるにしても歩幅の差から不可能、隠れる場所などどこにもない大草原……待つのは死、もといゲームオーバーあるのみだ。


「もちろん、今度は違う場所に送るからさ。そしてお詫びに、持たせたスキルも教えてあげるよ」

 流石に譲歩はしてくれるか。というより、はっきりと問いただした方がいいんだろうか?

 あの草原放り出しはともかく、一つ目大巨人はどう考えてもおかしい。この(自称)スーパーAIの予想を上回る何かが、『デイブレイク・ゲート』で起きている?



「要くんが持っていたスキルは『英雄の器』。取得経験値が2倍になるものさ。たしかにこれだと、最初から一つ目大巨人じゃあどうしようもなかったね」

「次も同じような感じだったら、たまったもんじゃないんだけどな」

 こちらが棘のある返答をしても、幼女ヴェルトラムは変わらない。つか、会話してんだからポテチ食うのヤメロや!

 呑気にゴロゴロ寝転がって、合間合間にポリポリ摘ままれるとちょっと腹が立つ。流石に喰いながらしゃべってはいないけど、こっちは一度死んでいるんだぞ!



「じゃあ、出血大サービス。もう一個スキルをあげよう! もちろん特別なやつさ!」

 おお、マジで?


「あげるのは『隠密』。存在を隠蔽するスキルさ。これなら勝ち目のない相手でも、逃げられるだろう?」

 やった! これ戦闘でもイベントでもメチャクチャ便利なやつだ!

 しかも経験値2倍こと『英雄の器』とすっげぇ相性いいじゃん!


「じゃあ、それでもう一回頼めるかい?」

 ひらひらと手を振りながら幼女が言う。

 頼んでるってんなら、せめてポテチ食うのやめろや。


「どう使えばいいんだ? それともパッシブスキルか?」

「いや、アクティブスキルだね。頭の中で『使用する』と明確に意識すればいいだけさ。何なら、掛け声なんか付けちゃってもカッコいいかもよ?」


 いや、『隠密』なのに掛け声はおかしいだろ……まあいいや。

「……わかった。行くよ」

 こちらの答えに、輝かんばかりの笑顔を見せるヴェルトラム。容姿が整っているというのは、時に至高の武器になると思う。

 中身はちょっと、アレな片鱗が見えてたが……マジで容姿と声は文句の付け所がない。



「ありがとう。じゃあ、いってらっしゃーい♪」

 その言葉と共に、目の前が漆黒に包まれた。




 また闇が、波打った気がした。

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