第31話◇救出劇




 アレテーはすぐに見つかった。


 リスが彼女の肩に乗り、彼女が反対側の手でポーチを受け取る。

 彼女の傍らには、狼が控えている。


「あっ、先生! 見てください! わたし、やりました!」


 以前の問題点に対し、護衛の動物を別途用意するという解決法を見つけたようだ。

 複数の動物を使役する、という技術の向上も見られる。


「おう、そうか。取り敢えずついてこい」


 アレテーは首を傾げたが、走り出したディルをすぐに追いかけた。


「あ、あのっ、先生っ、何かあったのですか?」


「簡単に言うと、モンスターの大群が草原から入り口に向かって移動してる」


「えぇっ!?」


「モンスターはダンジョンの外には出てこないが、今問題なのは生徒たちだ。俺たちにはお前らを逃がす責任がある」


「は、はいっ」


 切迫した状況であると理解したのか、アレテーは真面目な顔で頷く。


「……なんだが、俺は今からお前に無茶を言う。というのもだ、お前も知ってるアホ三人組が群れに追われてる」


「え?」


「教習所の姫と愉快な騎士たちだ」


「ふぃ、フィールさんたちがですか!? えっ、でも――」


「その疑問はあとだ。とにかく、他の教官も生徒も、近くにいる他の探索者も、三バカを助ける余裕はない」


「…………」


「このままだと、極めつけのバカであるあの三人は死ぬ。アホが死ぬのはダンジョンではよくある話だが、昨日まで生徒だった奴らだ、さすがに見捨てるのは寝覚めが悪い」


「先生、わたしは何をすればよいのでしょうか」


 アレテーは既に覚悟を決めたようだ。


 ――気弱なくせに、人の死には敏感で、時に恐ろしいほどの勇気を発揮する。


 ディルは少しだけ、彼女がそうなったきっかけが気になった。


「モンスターを殺せとは言わない。だが、やつらを助けるのに力を貸してもらいたい。良いか?」


「もちろんです、先生」


 ◇


「フィールちゃん、そいつを背負ってこれ以上逃げるのは無理だ!」


 雷電の槍を持ったサハギンが叫ぶ。


「だからって、置いてけないでしょバカ!」


 フィールはネズミ耳の少年を背負って走っている。

 猫の亜人は人間より身体能力が高いが、それでも苦しそうだ。


「追いつかれたら君も死ぬ!」


「うっさい! 分かってるわよそんなこと!」


「~~~~ッ! あぁクソッ!」


 サハギンが反転し、槍を構えた。


「はぁ!? アンタ何やってんの!?」


「最初の実技で、君を見捨てて逃げてごめん」


 彼は一角イノシシを前にして、腰を抜かしたフィールを置いて逃げたのだった。


「ちょっと! バカな真似はやめなさい!」



「マジでバカだな、お前ら全員」



 水で出来た、幻獣と見紛うサイズの狼だった。


 その背に、アレテーとディルが乗っていた。

 駆け抜けながら、ディルは片腕でフィールとネズミ耳の少年を抱え、巨狼の背に乗せる。


「えっ……ディル……教官?」


「よう元教習所の姫。助けに来たのが俺で悪いな」


 ディルはすぐさま巨狼の背から飛び降り、サハギンの前に立つ。


「あんた、何して――」


「黙ってろ」


 ディルは無数にぶら下げた袋の内二つを高速で開き、中身を取り出す。


 赤い液体の収まった小さな瓶を二本、左右に投げた。

 それらが割れると、周囲の魔物がそちら目掛けて駆け出す。


 更に正面の群れ中央に向け、小さな球体を投げ込んだ。

 それが割れると煙が上がり、群れの中央でモンスターたちが昏倒。

 後列の者たちが衝突に次ぐ衝突を繰り返し、大移動が滞る。


 残りは正面から迫る十数頭のみ。

 こればかりは今更勢いを殺しきれるものでもない。


 ディルはショートソードを引き抜き、探索才覚ギフトを発動。


 眼前のモンスターを全て討伐可能なルートを表示。


 実行する。


 生徒たちから見れば――否。

 生徒たちには、ディルの姿は見えなかっただろう。

 気づけば血肉が転がり、その中央に、外套を赤く汚した教官が立っている。


 そう認識した筈だ。


「えっえっえっ」


 壊れたみたいに繰り返すサハギン。


「……クソ。これやると次の日筋肉痛になんだぞ。お前らの所為だからな」


 まだ動転しているサハギンを引きずり、無理やり巨狼の背に乗せる。

 続いてディルも飛び乗った。


「入り口まで向かえ。俺は逃げ損ねた生徒がいないか周辺を見る」


「はい!」


 アレテーが頭を撫でると、巨狼は勢いよく駆け出した。

 水の動物なので、もふもふの毛並みとはいかない。

 たとえるなら、潰れないスライムのようなものだろうか、とディルは思った。


「お前らが『落とし穴』の持ち主に目をつけられたのは想像がつく。儲けの何割かを渡すなら使わせてやるとでも言われたんだろう」


「……もう一度お金貯めて、ちゃんと免許をとるつもりだったのよ」


「そうかよ。で、あの群れはなんだ」


「入ったら、洞窟みたいなところに出て……。でも、第一階層に洞窟エリアはない筈でしょ? しばらく歩いたら……うっ……」


 何かを思い出したのか、フィールは吐き気を堪えるように口許を押さえた。


「洞窟……? ……まさか、発生源プラントに繋がってたのか」


「ぷらんと……?」


「俺も実物は見たことないが、モンスターを生み出す隠されたエリアがあるって噂だ。あいつら生殖活動しないのに数が減らないだろ。どっかで作られて補充されてんじゃないかって説がある」


 隠されているエリアならば、探索者に開放されているエリアとは表現世界テクスチャが異なっていることも有り得るだろう。


「き、きっとそれよ……。大きな、内臓みたいな、ぐちゃぐちゃ蠢くキモイのが沢山あって……そこからモンスターが……」


 ちょうど産まれるタイミングだったのか、侵入者の気配を察知したダンジョンが生成を早めたのか。

 どちらにしろ、大群は埋め込まれた本能のままに、三人を食い殺そうと走り出したわけだ。


「隠しエリアから開放エリアに出る通路がある筈だな? それを通って逃げてきたのか?」


 こくこくと、フィールが頷く。

 それでディルたちに見つかるまで逃げてこられたのだから、運が良い。


「先生! そろそろ到着しますっ!」


 前方を見れば、ディルたちを待っているのか、モネの姿があった。


「おう、そのまま向かっていい。逃げ遅れた生徒はいない」


「よかった……っ」


 心底安堵した様子のアレテー。


「無免許でダンジョンに入るのは、とても悪いことですが……でも、三人ともご無事で本当によかったです……!」


 アレテーの喜びの笑顔に、フィールとサハギンの元生徒は何を思ったのか。

 ネズミ耳の少年は、まだ気を失っている。


「この子うさぎに感謝しろよお前ら」


「そ、そんなっ。助けようと仰ったのも先生で――あひゅうっ!?」


 脇腹をつつくと、アレテーから素っ頓狂な声が上がった。

 それと同時、巨狼がグラつく。


「余計なことを言うな」


「あ、危ないですよぅ! 能力、解けちゃうかと思いました……」


「気をつけろ」


「……うぅ」


 ディルの理不尽さにも慣れてきたアレテーだが、抗議の視線を送ってくる。

 ディルは無視した。


 まだ背後にモンスターの群れの姿があるが、五人とモネが外に出る時間はあるだろう。

 数日も経てば、モンスターはそれぞれに設定された行動範囲に合わせて散らばっていく筈だ。


 だが、これで一件落着とはいかなかった。



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