第30話◇最終試験




 その日、アレテーは珍しく無口だった。

 言葉数が少ないだけでなく、落ち込んだ様子でもあった。


 夕食後、片付けを済ませたアレテーがどんよりした雰囲気を纏ったまま、自分の部屋に戻ろうとする。


「おい」


「はい、先生……」


 応える声にも元気がない。


「言いたいことがあるなら言え」


「い、いえっ、先生がたも、お仕事だというのは分かっているので」


「猫耳娘たちのことか? 言っとくがな、試験前にふるいにかけるのは生徒の安全のためだぞ。最終試験は、教習所によっては毎年死人が出るほど厳しいものだ。うちはギリギリまで見極めて、無理そうなやつにはそもそも受けさせないって方針なんだ」


 金を受け取り、最低限の授業を受けさせ、危険な最終試験に送り出し、あとは自己責任。

 そういうアドベンチャースクールも少なくない。


 そもそもそういったアドベンチャーに反感を覚えたリギルが、生徒を想い、彼らが免許取得後も長く探索者として活動できるようにと、自分の教習所を設立したのだ。


「分かっています。それでも、悲しいです……」


「お前……。お人好しもいいがな、明日もこの調子なら試験は受けさせないぞ」


「……! コンディションが最高でなければ、ダンジョン探索は休むべき、ですね。分かっています」


 アレテーは大きく深呼吸し、瞬きを数度繰り返す。


「わたし、頑張ります。どうしても、深淵に行きたいから」


「なら、今日はもう寝ろ」


「はいっ! おやすみなさいませ、先生!」


 元気よく挨拶したアレテーは、最後には笑顔を浮かべて去っていった。

 少し無理した様子だったが、うじうじと悩むよりは切り替えようとしているだけずっと良い。


 ディルも寝支度を整えると、ベッドに潜り込んだ。

 試験資格なしと判断された生徒たちのことを、一瞬考える。


 ――探索者になろうと心に決めても、実際に体験してみて無理を悟る者はいい。

 ――だが、明らかに向いていないのに、自分でそれを認められない者は、危険だ。


 そういった者たちを狙って、違法なダンジョン探索を持ちかける者もいるのだ。


「面倒くせぇ……」


 ディルは、自分が落とした者のその後についても、可能な限り確認していた。

 別の仕事を見つけられたか、犯罪の道に落ちてはいないか。


 後者ならば、止めねばならない。


 猫の亜人フィールたちについても、後日それとなく確認するつもりでいた。

 特にフィールは、しばらく荒れそうだ。


「今はまず、あいつらか……」


 子うさぎことアレテーも、メガメくんことタミルも、試験資格ありとの判断された。

 明日、彼らが本当に探索者になれるかが試されるのだ。


 ◇


「改めて、試験内容の説明をするわ」


 ダンジョン第一階層。

 入ってすぐの草原エリア。


 生徒の視線を集める金髪のハーフエルフ・モネが、実技試験の内容を説明する。

 ディルが言わないのは、出発前にも言ったことをまた説明するのが嫌だったからだ。


 面倒事は新人に押し付けられるものなのだ。

 反面教師として、悪しき習慣をしっかり継承するディルだった。


「最終試験は、これまでとは比べ物にならない危険度よ。柵もなければ、あたし達が助けられる保証もないわ。返金は出来ないけれど、辞退は受け付けているから。無理そうなら、申し出てね」


 内容はシンプルだ。

 自力で、成果を持ち帰ること。


 肉なり果物なりだ。

 場所は安定空間の範囲のみ。制限時間は二時間。


「ちなみに、事前に承認された生徒以外は、単独での探索しか許されていないから気をつけてね。それと、ないとは思うけど他の人の獲物を奪ったりとか、事前に収納空間に隠していたものを提出とか、そういう行為も禁止。こちらには真偽を見抜く天眼鏡ルーペがあるので、虚偽の申告などは考えないこと」


 なんとか試験に受かろうと、色々と画策する者はいる。

 幸いにも、リギル・アドベンチャースクールの生徒では稀だった。


「不安も大きいでしょう。恐怖に身が竦むことでしょう。けれどどうか思い出してね、あなたたちにはこの試験に突破する能力があるのだと、当校は判断したのよ」


 モネがディルを見た。


「では最後に、あなたたちの担当教官であるディル教官から一言」


 ――聞いてないぞ。


 しかし振られてしまったものは仕方ない。


「あー……俺が今まで言ったことを、もしお前らが実践出来たなら、全員合格できるだろうな。どうだ? 出来そうにないってやつは今言ってくれ」


 辞退を申し出る生徒はいない。


「よし、行ってこい」


 最終試験が、始まった。


 ◇


「大丈夫かしら……」


 モネの心配そうな声。

 老ドラゴニュートの教官を入り口付近に残し、今日のために集まった他の教官たちは安定空間に散らばっていた。


 試験は失格になるが、助けを求めれば近くの教官が駆けつける。

 また、命の危機に陥ったと判断した際は、教官が介入する。


「どうだかな。俺はあっちに行く、お前はそっち頼むわ」


 途中まで一緒に歩いていた二人だが、モネに草原を任せ、ディルは森に踏み入ろうとした。


「ふふ、レティが心配なのね?」


「んなわけあるか」


「あなたが生徒思いなの、バレてるから」


「勘違いも程々にな」


「そんなこと言うわけ? だってあなた――」


 モネの声は、突如響いた叫び声に掻き消される。


 ディルとモネはすぐに声の方向へと視線を向け――絶句した。

 草原の向こうから――モンスターの大群が押し寄せていた。


 やつらの先頭を走るように必死に逃げている者に、ディルは見覚えがあった。


「……あのバカ共」


 猫の亜人の少女、ネズミの亜人の少年、サハギンの三人組だった。


「ちょっと、なんであの子たちが!?」


「分かりきってるだろ。『落とし穴』を使ったんだ」


 ダンジョンの入り口は、公式、、には一つ

 国は認めていないが、非公式の入り口が存在する。

 これを公に認められないのは、認めてしまうと違法探索者を目指す者が急増する恐れがあるからだ。


 というのも、『落とし穴』の発生は予測不能なのである。

 突如として、地上のどこかで、地面に黒い穴が生じるのだ。


 そこに飛び込むと、ダンジョンのどこかへと転移する。

 そういった非公式の入り口は発見次第、国家が管理することになるが、いまだその全てが明らかになったとは言い切れない。


 全てを把握することなどほぼ不可能。


 私的に『落とし穴』を保有する犯罪者の中には、探索者免許をとれなかったが最低限の心得を持つ者に声を掛け、違法探索者への道を斡旋する者もいる。


 だからこそ、ディルは自分が落とした生徒にも気を配っていたのだが……。


 ――昨日の今日だぞ!? 早すぎんだろバカ!


「試験は中止だ。他のやつらに声掛けながら入り口まで撤退しろ!」


「あなたはどうするのよ!」


「子うさぎ捕まえたらすぐに行く!」


「……絶対よ! 間違ってもあの大群に突っ込んだりしないでよね!?」


「それじゃ自殺だろうが」


 だが、そうしなければあの三人はじきに追いつかれて踏み潰されるか食い殺されるだろう。

 ディルは視界上にアレテーの現在地までのルートを表示し、森を駆ける。



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