きのうのつづき

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きのうのつづき

「豊田ぁ、お昼行こー」

「んー。今日、お弁当持ってきた」

 同僚の声に、やりかけの作業を保存して、伸びをしながら応える。

 肩がめきめき言ってる。

「別に社食で食べれば良くない?」

 あっさりと言われ、仕方なくうなずいて席を立つ。

 まぁ、普通にいるけどね。手作り弁当や、コンビニ弁当を社員食堂で食べてる人も。

 ただ、自分の持ってきた弁当がちょっとさみしげな感じだから、あまり人に見られたくないなぁ、とか思っただけだ。

「でも、どうしたの、急に。弁当つくってくるなんて……もしかしてカレシができた、とか?」

 妙に楽しそうな顔で言う。

 そこでどうしてそういう思考回路になるのか、微妙に謎だ。

「単純に節約。ちょっと今月、予想外に出費がねー」

「予想外っっていうか、予定通りじゃないの? どうせ本買いすぎたんでしょ」

 あきれを隠さない声に苦笑いを返す。

「あのさ清水、私の生活、本だけで出来てるわけじゃないんだけど」

「間違ってなくない? 本を読み出すと寝食を忘れるんでしょ? ビョーキよ、病気」

 こちらの反論させる間もなく、清水はかるく手を上げて食券購入の列に並ぶ。

 ちょうど良くあいた四人がけの席に陣どり、清水がくるのを待つ。

「とーよたっ。となり良い?」

 顔をあげると人なつっこい、にこやかな笑みを浮かべた男が一人。

「やだ。……向こう、いいの? 待ってるっぽいけど」

 少し離れたテーブルからいくつか年長の男性が様子をうかがうようにこちらを見ている。

「毎日顔を合わせてる先輩より、たまにしか会えない好きな子との時間を大事にしたい」

「あれ、津島くん。またやってるの?」

 向かいの席にカレーののったトレイを置いて、清水が呆れたように言う。

「清水さぁん、またってひどくない? そして豊田も! やだってなに、やだって」

 清水はにっこり笑う。

「津島くん。うるさい。豊田も結局めんどくさいことになるんだから、隣に座らせるくらい、良いでしょ」

 笑顔とは裏腹に清水はずけずけと言い、カレーを食べ始める。

「津島、邪魔だからとりあえず座れば?」

 律儀にまだ座らずまだ立っていた津島に声をかけ、自分も弁当のふたをあける。

「あぁ。津島くんに弁当を見せるのが恥ずかしかったと」

 唐突に納得顔で清水が口を挟む。

 なんでそうなる。

「恥ずかしいも何も。津島は高校一緒だったし」

 今更、体裁をつくろうような必要がない程度にお互いを知っている。

「そうだった。で、津島くんは四大行って、豊田は短大で、会社で再会」

「運命的だよね?」

「腐れ縁だよね、って続けようと思ったんだけど」

 呆れたように清水は津島を見る。

 存分に呆れてやってくれ。たまに妙に乙女思考なんだよ、津島は。

「そういえば、豊田。東駅前に新しいカフェ出来たんだよ」

「どんなとこ?」

「ランチがパスタメインで千円でデザートつき。夜だとお酒も結構種類あるって」

 うきうきと津島がする説明を頷きながら聞く。

「そっか。ありがと。週末、静香たちと会うから行ってみる」

「そうじゃない。おれは一緒に行きたかったんですが」

 ふてくされたように唐揚げに箸を突き刺す。行儀悪いなぁ。

「わかっててやってるんでしょ。津島くんも、付き合い長いんだから豊田の性格くらい、いい加減把握すればいいのに」

「わかってるからこそ、金欠だろうということを察して、ご飯をおごろうというプランだったんだけど」

 ダメだった? とわざとらしくひそひそ、清水に相談するように尋ねている。

「わかりやすすぎてダメなんだって。豊田、おごられたりとか、借り作る感じ好きじゃないでしょーが」

 同じくこちらに聞こえる程度にひそひそと清水が返す。

 もう好きにやっててください。

 弁当箱の中身を片付けることに集中する。

「うん。了解。ありがと、清水さん」

 あ? 何の話だ?

 顔をあげると二人が意味ありげに笑みをかわしている。

「じゃ、豊田。お先ー」

 妙にゴキゲンな津島を見送り、清水に目線で問う。

「いや。面白いよね、津島くん。豊田はなんで津島くんダメなの?」

 笑いをかみ殺すように口元をゆがめる清水にため息を返す。

「単純にめんどくさい」

 津島が、どうこうじゃなくて、全般的にイロイロ。

「ま、がんばれ」

 清水は意味ありげに微笑む。

 何を?

 確認したい気もしたけれど、聞いたら後悔するような気もして、とりあえず仕事に戻ることにした。



「とーよーたっ、帰りましょ」

 廊下に出てすぐの自販機の陰からあらわれた津島に顔をしかめてみせる。

 何やってるんだか。

「……ロッカー寄るから、先に下行ってて」

 断ったりするとお昼のように、めんどくさいことになりそうなので、とりあえず了解する。

「OK。あわてなくて良いから」

 ひらりと手をふって階段を降りていくうしろ姿にちいさくため息を漏らす。

 高校の時も、たまに、こんな風に一緒に帰ろうと誘いに来た。

 そして、そういう時はたいてい恋愛相談だった気がする。

「なんで私だったんだか」

 小さくごちる。

 むかしも。今も。理解できない。

 かばんを取り出し、同僚と挨拶を交わして、ロッカールームを出ると、ほんの少しだけ歩調を速めた。



「そういえば、残業なかったんだ?」

 ゆっくりと歩きだした津島の隣にならんで尋ねる。

「めずらしくね。ところで豊田。金欠は良いけど、ちゃんと食ってる?」

 まじまじとこちらを見て津島は言う。

「食べれないほど困窮してないって。ちょっと節約してるだけ」

 津島は不信そうに眉をひそめる。

 信じてないな?

「まぁ、良いけど。本題ですが、ご飯でも一緒に食べませんか。話を聞いて欲しいです。もちろん、話を聞いてもらうということで、おごります。場所も豊田の好きなところで構いません」

 あまりにも下手に出る津島がデジャヴで、思わず笑う。

 高校の時も、そういえばこんな風だった。おごってくれるのは自販機のジュースとか、せいぜいファストフードのセットとかだったけど。

 割り勘で良かったのに、妙なこだわりがあるのか、そこは譲らなかったっけ。

「なんだよ」

「いや。変わんないなぁと思って。じゃ、ありがたく。店は任せるよ」

 答えると、津島のむくれ顔が笑顔に変わった。



「別に、こっちまで来てくれなくても良かったのに」

 行き先も告げられないまま連れてこられたのは自宅最寄り駅近くの店で、津島の家を数駅分通り過ぎてしまっている。

「んー。ここ、割と安いのに雰囲気良くておいしいし、豊田、好きそうかなと思ってさ……ほら、食べた、食べた」

 津島は言いながら、さっさとサラダを取り分けてくれる。

「いただきます……あ、おいしい」

 ドレッシング味付けが柑橘が効いていて、好みだ。

「良かった。他のもどんどん食べて、追加もざくざくどうぞ」

「そんなに食べれないって」

 初めの注文だけでも結構頼んでたでしょうが。

「津島こそ、お酒ばっかりじゃなくて、ちゃんと胃に食べ物いれなよ」

 めずらしく、飲みのペースが早い気がする。

「豊田は飲まなくて良いのか?」

 こちらの言葉を素直に聞いて、津島はグラスを置いて箸をとる。

「最近、弱くなったし、それほど飲みたいと思わなくなっちゃったんだよね」

 もともとそれほど強くなかったけど。

「あー、わかるワ、それ。次の日、残るんだよ、覿面に。とし食ったなーって、かるくへこむ」

 津島は苦笑いして、それでもやっぱりお酒を口にする。

「……で、話って何だったの」

 雑談しつつ、半分ほど料理を減らした時点で尋ねる。ほっておくと、このまま最後まで雑談で終わってしまいそうだった。

「あー。話、ねぇ」

 忘れてたのか?

 津島は視線をすこし外して、勢いづけるようにグラスの中身を飲み干す。

「……ま、毎度のことだよ。おれが豊田にする話っていったら恋愛相談でしょ」

「高校の時、よく泣きゴト言ってたもんね」

 ちょっと、失敗したかもしれない。

「豊田、文句言いながらでも話ちゃんと聞いてくれたしな。ということで、相談。好きな子が、好きだって言葉をちっとも本気にしてくれません。どうしたら良いですか?」

 心外だな。すごく。

「……本気の時に茶化す癖、やめたらどうでしょうかね」

 とりあえず、一般論的にそんな風に答えて烏龍茶に手をのばす。

 こんなことなら、アルコールを入れておくんだった。素面じゃやってられない。

「でも豊田は本気だってわかってくれてるわけだし」

「そりゃ、長い付き合いだし。っていうか、なんで私? ずっとトモダチしてきて」

 今までかわして来たけど、正面きってこられたなら仕方がない。まっとうに言葉を返す。

 実を言えば、高校当時、好きだなって思ってる時期もなかったわけではない。けど、踏み込むほどでもなく、当然、現在おもいを残しているわけもなく。

「むずかしいこと聞くなよ。理由なんて、いくらでもあるけど、口にしたらどれも嘘っぽいだろ」

 ため息まじりに津島は言うと、グラスに口をつけかけて、中身が空なことに気がつき、テーブルにもどす。

「だいたい、高校の時だって、好きだったんだって」

 この、酔っぱらい。

 なに適当なこと言ってるんだ。

「さんざん、カノジョとの恋愛相談してきてたのは何だったんですかね?」

 言葉にこもるトゲを隠す気にもならない。

「だから、それは今になって思えばってことだよ。ガキだったからね、気付いてなかったけど」

 それは、ひどく言い訳がましい理屈じゃないか?

 こちらの表情が険しくなったのに気がついたのか、津島はまたひとつ息を吐く。

「もちろん、当時はちゃんとカノジョのこと好きだったんだよ。でも、それでも豊田は特別だったんだと思う。いろんなこと、全部話せたのは豊田だけだったし、大体、弱味見せられるってそれだけ、気を許せてたってことでしょ」

 それと恋愛の好きとは関係なくない?

「あーっ、もう。昔のこと持ち出したのが間違いか? とにかく、今は、特別に好きだから」

 とりあえず言い切って満足したのか、津島はとおりすがった店員をつかまえて、烏龍茶を注文する。

「うん。ま、言い分はわかったし、今まで好きだって言ってくれてるのが本気だっていうのもわかってたよ」

 めんどくさかったというか、めんどくさいことになりたくなくて、受け流していただけで。

「……望み、ゼロってこと?」

 烏龍茶を持ってきた店員にかるく手を上げお礼をしたあと、津島はこちらに向き直る。

「津島だから、っていうんじゃなくて。しばらく恋愛ゴトに関わりたくない感じなんだよね」

 以前付き合ってた相手と、イロイロごたごたしたし、ちょっと懲りた感じ。

「その、しばらくっていうのが明けるまで待つっていうのはナシ?」

 おそるおそる、みたいに訊ねる様子が妙におかしくて笑う。

「べつに、恋愛ゴトしたくないのは私の勝手な都合だし、津島がどうしようと、それはそれで自由じゃない? …………まぁ、あまりにしつこいと、ウザイって思うかもしれないけど?」

 あまりにうれしそうな表情をされ、予防線代わりに付け足す。

 一喜一憂。

 これを言ったら、どんな顔をするんだろうか。

「昔の話だけどね、高校の時、ずっとじゃないけどね。津島のこと、好きだったことがあるよ。時々、ね」

「え? あ……えぇっ?」

 焦る津島の様子を見て、もれる笑みを隠すためグラスを傾けた。


                                   【終】

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