水の中ぁ!?
ゴボゴボという水音で目が覚めた。
最初に思ったのはどういう状況だろう? ということ。だけどすぐに現状を理解した私は大いに慌てた。
ここ、水の中!?
驚いた拍子に貴重な酸素が口からガボガボと溢れて泡となって出てきた。このままじゃまずい。
真っ暗な水中にふと、淡い光が差し込んでいることに気付く。光を辿って見てみると、数メートル先に水面があるのがわかった。あっちが上だ……!
とにかく酸素を。水面に上がるために必死にもがく。あと少し……なのに、息が持たない。
水面に向かって右手を伸ばす。なんだか手の甲が光っているように見えるけど、水上から射し込む光のせいかな……?
ああ、ダメだ。意識が遠退きそう。もう無理かもって諦めかけたその時、何者かの手が伸びてきて、私を水中から引っ張り上げてくれた。なんて力強い腕だろう。
「っ! っごほっ……げほっげほっ……!!」
どうやら陸に引き上げられたようだ。酸素を取り込むのに必死で状況の把握が出来ていないけど、助かったのは確か。
助けてくれた相手にお礼を言いたいのは山々だが、水をかなり飲んでしまったみたいなのと、身体が重くて上手く動かせないのとで、もう少し時間がかかりそう。
「ゆっくりでいい。もう大丈夫だ」
耳元でやや低めの爽やかな男性の声が聞こえる。私の背をそっと撫でながら、何か大きな布をフワッと身体にかけてくれた。なんて紳士的な。
相変わらず咳き込みながらもゆるりと顔を声のする方に向け、ぼんやりと霞む視界で声の主を確認した。
最初に目に入ったのは燃える炎のような赤。それが髪の色だと認識するのに数秒かかる。え、鮮やかすぎない? たぶん、年齢は二十代半ばくらい。社会人だと思うけど、この髪色が許される職なのだろうか。
ぼんやり考えていたところで金色の瞳と目が合い、息を呑む。綺麗な色。宝石みたい。
男性の口が僅かに動く。
「聖女、様……? いや、違う、か?」
「え……?」
驚愕に目を見開いたのは私だけではなかったようだ。きっと私たちは同じような表情で互いを見ている。というか、今この人なんて? ボソッと口の中だけで呟くような感じだったからあんまり聞き取れなかった。
それに……ちょっと待って。この人、頭に角が生えてない? 真っ赤な髪や金の瞳に気を取られていたけれど、確かに角が生えている。コスプレ、かな? よく出来ているなぁ。っと、感心する前にまずは命の恩人にきちんとお礼を言わないと。
「あの、助けてくれて、ありが……」
「っ! もしや君は、人間なのか!?」
けれど、私の言葉は途中で遮られてしまった。しかも、予想外の質問によって。だからすぐには答えが出てこなかった。
え、待って、どういうこと? 人間か? って……。私が違う生き物にでも見えるのかな?
からかわれているのかも、とは思ったけれど、この人の様子を見ている限り、そんな風には見えない。金色の瞳がまっすぐこちらに向けられていて、真剣さがすごく伝わってくる。
この人にとってはとても重要なことなのかもしれないな。ちゃんと返事をした方がよさそう。
「見ての、通りだと思います、けど……けほっ」
「人間なのか」
「はい、そうです。けほっ、それ以外に、何に見えるんですか……」
変な状況だなぁ。溺れかけたと思ったら、人間かどうかを真剣に確認されるなんて。
そう考えていた次の瞬間、突然の浮遊感を覚えて危うく舌を噛みかける。なっ、何? 抱き上げられた!?
「ちょっ!?」
「あの方の予想は当たってしまったということか……。大丈夫、安心してくれ。必ずや貴女をお守りする。あの方と約束をしたからな」
「は、はい?」
「これから貴女を安全な場所へ連れて行く。今は何もかもがわからないかもしれないが、どうか私を信じてくれ。新たな聖女様」
せい、じょ……? ちょっと、何? 本当についていけないんだけど?
まず、貴方は誰? というかここはどこなの!?
パッと見た感じ森の中っぽいけど、都会に住んでいた身としては森の中なんて馴染みがないし、自分で来るとも思えない。気付いたら水の中にいたっていうのも謎だし、どうしてこんな状況になっているんだろう。わからないことだらけだ。
あ、れ? ちょっと待って。
……こうなる前のこと、思い出せない。名前は、大丈夫。ちゃんと覚えてる。歌代依茉、どこにでもいる、普通の高校生だ。
おかしいな……。学校から家に帰ったところだったと思うんだけど。ちゃんと制服も着ているし。
うっ、なんだろう、気持ち悪い。考え始めたら頭が痛くなってきた。仕方ない、今は混乱しているんだと思う。落ち着いてから考えよう。
私を抱きかかえて走るこの人のハイスペックさとか、言われた言葉の意味とか、もう何もかもがわからないけど、溺れて死にかけたからか身体も頭も重い。今すぐ詳しい話を聞こうという気力がわかなかった。
今はただ、身体と頭を休ませよう。人攫いかもしれないけど、守ると言ってくれたその言葉を信じる以外に道はない。どのみち抵抗出来る余力もないし。
私は目を閉じ、力を抜く。フワフワとした意識の中、右手を強く握られたのを感じた。
これが、私がこの獣人だけの国「ベスティア」に来た時の出来事である。
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