拝火のフィクサー

@simanaka

第一章 運命の日、偶然の子

01 【プロローグ】


 世界が終わろうとしている。



「……っ!」


 足がもつれ、少年は受け身も取れず前のめりに倒れこんだ。既に疲労困憊だった肉体はあっさりと役目を放棄、投げ出された四肢はそれぞれが悲鳴を上げている。力を込め起き上がろうと試みるも体は思い通りに動かず、打ち上げられた魚のようにのたうち地を叩くだけだった。



 ――こんなものが、こんなものが世界に起こって良いものか。祈るような表情で顔を上げ、目の前の風景をその瞳に映す。



 一言で言うなら地獄だ。

 全てを燃やす終わりの炎が猛りを挙げ、脂の燃えるような不快な臭いが鼻をつく。渦巻く煙は容赦無く気管支を蹂躙し、むせ返る彼の肺からなけなしの酸素を奪い去った。



 少年は短い人生を回顧し、己の未熟さと拭い切れない後悔に胸を潰されそうになりながらも、滲み出す弱気を押し殺し眼前の景色を睨みつけた。



 指先が痺れている。息を吸っているのか吐いているのか、そもそも呼吸ができているのかさえ分からない。心臓は破裂しそうなほどに痛み、先ほど強打した顔面からは鼻血が滴り落ちる。それでも砂利ごと歯を食いしばり、肺が燻される事も厭わず大きく息を吸って爪先に力を込めた。



 不意に風が吹き、眼前を厚く覆っていた煙が散った。千載一遇の好機、鈍痛のする足を痛めつけながらも歩を進め、何度張り上げたかも分からない嗄れた喉で名前を呼ぶ。



 しかし。火の手を避けて林道を直角に逸れたところで今度こそ小さな希望は潰えた。



 現れたのはトカゲだ。

 人の背丈ほどもある体には黒く光沢のある鱗がびっしりと生えており、人の腕より一回りほど太い尾が地面を不機嫌そうに這っている。細かい牙が生え揃った口元からはチロチロと長い舌が覗いており、縞瑪瑙のような眼球がこちらを一瞥している。



 希望という物は時により深い絶望を連れてやって来るそうで、そういった意味で少年は格言の体現者だった。進めば怪物、退けば火の海。十秒先の生存すら危うい状況だ。



 しかし彼は考える事を止めない。走馬灯が過る様に思考を巡らせ、覆水を盆に返す一撃を望む。

 無論、そんなものは無い。哀れな少年に突き付けられたのは己の無力さ、それだけだった。



 それでも彼は諦めない。諦められない。

 強迫観念に押し動かされ、脳みそをかきむしる様に思考し続ける。



 ――どこからか、声が聴こえた気がした。ともすれば、朦朧として聴こえた幻聴だったのかも知れない。



 この声は都合のいい夢だ。

 そう思いながらも、彼は縋るような手つきで虚空に手を伸ばす。




 ――助けてくれ。何だって良い、誰だって良い。ここから救い出してくれ。

 金なら一生働いてでも払う。もう二度と悪い事はしない。それ以外だって差し出せる物は全部差し出す。





 だから、だからどうか――――――





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