アジトにて

 レザーのモーターサイクル・コートは、まるでビンテージな軍服だった。

 ……選択を間違えたかな? これじゃレトロ映画に出てくるバイク乗りだ。

 でも、バイクに乗るならレザーが良いらしいし、上から羽織る方が色々と融通も利く……というか『路地裏の店』で買った防具があるので、ライダースーツは選べない。

 動作確認を兼ねてスルー・ポケット越しに拳銃P320を抜く。問題なく腰のホルスターから取り出せた。さすがは銃の国からの輸入品だ。服すらも前提で作られている。

 しばし悩むも、意を決して遊底スライドを引く。

 当然に弾倉マガジンから実包カートリッジ薬室チャンバーへ送り込まれた。もう引き金トリガーを引くだけで弾が発射される。

 万が一の事故を考えたら好ましくないけれど、俺の技量では遊底スライドを引きながらの抜き打ちなんて無理だ。……どころかパニくって忘れるまでありえる。

 危険と引き換えにしてでも、簡単な方が良い。その為にわざわざ最新の銃を買ったのだし。

 しかし、この拳銃P320は可能な限りにパーツを少なくするという設計思想からか、なんと安全装置セフティすら省略されている。

 漫画のような安全装置セフティを戻し忘れるミスは起きない半面、暴発への備えは引き金トリガーと連動な機械式だけで少し心許ない。

 だが多機能とのトレードオフなのか壊れにくかった。

 こいつP320は海水や泥水はおろか、紅茶をジャバジャバかけられても故障しない。実に俺のような素人向けといえる。

 気に病むのは止めにして弾倉マガジンを引き抜き、薬室チャンバーへ送った分を補充しておく。これで装弾数は十五発に一発追加され十六発だ。

 戦闘中に弾倉交換リロードを上手くできるか分からない以上、最初の装弾数は命運を分けかねない。一発だけでも多ければ、それで助かる可能性も?


 そんな俺の準備を見ていた菜子なのこが、不思議そうに聞いてくる。

「鉄砲だけで良いんですか?」

「てっぽうって……ハンドガンだけで十分だ。一応は色々と買ってあるけど、長物やグレネードなんて……下手したら大量虐殺になっちまう。お前も、できる限り実弾銃は使うな」

 菜子なのこへ支給したのは、名銃グロックのコンパクトモデルから派生した超コンパクトモデルを、さらに小型化したグロックG43という。

 なんとビビットカラー・モデルすら存在し、詳しくなければ玩具と見間違えかねない。

 そして隠し持つ拳銃コンシールド・キャリ・ウェポンという名が示す通り、女子中学生でも――小さな菜子なのこの手でも楽にホールドできた。

 しかし、それでいて発射されるのは9ミリ口径弾普通の弾丸であり、装弾数だって六発もある。

 護身用なんて生易しいものじゃなく、軍に正式採用された実績すらある、歴とした殺人兵器だ。

「できればで済ますこと、ですね。何度も言われなくても、覚えられます」

 そうテイザー銃を振ってみせる。

 これも知らないと玩具にしか見えないが、ようするにワイヤー式のスタンガンで、かなり強力な制圧能力を持つ。

 だが非殺兵器としては無類に近い高性能なものの、至近距離限定で単発式な上、偶に相手を無力化させられない。

 つまり、どうしても銃器など他の保険を必要とした。

「というか、なるべく前線へ出るな。荒事になるようだったら、俺がやる。お前はバックアップ。この役割分担に納得したはずだぞ?」

「了解してますよ、しずくさん」

 ……こいつ、分かってねぇな。

 しかし、だからといって護身用の武器を取り上げるのは悪手か。危険だからと大人しくしてるような玉でもないし。

 半ば諦め気味に首を振り、相棒――側先ガワサキ技研の誇る名自動二輪『舞子マイコゥ』へ跨る。

「ポゥ!」

「……この子、しゃべるんですかッ!?」

「そんな訳あるかッ! きっとK.I.T.T.ナビだ、いまのはッ!」

 もちろん偶然に決まっている。いくらゲームの世界だからって、バイクが喋る訳がない!

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