闇討ち

 Q、主人公が覚醒してません。どうすればいいんですか?


 A、それなら覚醒させてしまったらどうだろうか?


 もう、これしか手段はない!

 なぜなら締め切りは――主人公のファーストバトルは目前だ! とにかく時間的余裕が全くない!

 それでいて各イベントの重要度が不明な以上、可能な限りにゲームのストーリーは守らせねばならなかった。少なくとも俺が知っているような範囲は!

 だが覚醒してない主人公では、とてもじゃないけど最初の試練を乗り越えられそうにない。

 それほどに超常現象は、一般の物理現象を凌駕している。異能に目覚めてなければ相手にもならないだろう。

 しかし、幸運なことに覚醒の条件は判明していた。

 このゲームに登場する能力者は、登場時から異能を使えるか――


 臨死体験を引き金として、才能に目覚めるかだ!


 つまり、俺のように絶体絶命なピンチへ陥ると、心象風景の奥深くで種が弾けて覚醒する。

 ……というか本来なら暴走トラックのイベントは、主人公が遭遇するはずだったし。

 もちろん暴走トラックに限定されない。絶体絶命な危機であればいいのは、他のメンバーで立証されている。……いや、これから証明されるのか?

 とにかく思い付いてしまえば話は簡単だった。

 死なないように加減しながら、主人公を絶体絶命な危機へ追い込んでしまえばいい。



かしら公人きみとだな?」

 念のために被った仮面で、少し声が籠ってしまっていた。

 まあ、却って好都合か。俺の声に聞き覚えはないはずだけど、できるだけ正体は隠しておいた方がいい。

 誰何へかしらは緊張した様子で半身に身構える。

 当然の反応だろう。

 夜道で仮面を被った釘バット片手な不審者に呼び止められたら、誰だって警戒する。名前まで知られているのだし。

「な、何者だ! 俺は人に恨まれるような覚えはないぞ!」

「名乗る程の者じゃないさ。ただ、お前を目覚めさせてやろうと思ってね。なに痛いのは少しだけだ。やがては新しい世界へ誘った俺に感謝するだろう」

 ……あまり話さない方が、恐怖心を煽れていいか?

 しかし、万全を期すべく叔父さんの遺品を――『伝説の釘バット』を持ち出したのは、やり過ぎだったかもしれない。

 ゲームだと序盤で入手可能な割に、破格の攻撃力を誇るマスト入手アイテムで――


 嗚呼! そういえば俺には、かしらを殴る理由があった!


 この『伝説の釘バット』はコミュと称してかしらが愛や真につきまとい、誑かした挙句に貢がせてたはず!

 クリスマスはラブラブデートで、バレンタインにはチョコ作らせるってか!

 愛と真は、お前にはやらん! 誰だろうと! 二人とも俺んだ!

「死ね、多々又男! リア充死ぬべし、慈悲はないぃィィーッ!」

 だが、正義の鉄槌はかしらに往なされる!

「あれぇ!?」

 ま、まぐれだ! まぐれにきまっている! こうなったら連打必倒! しかし――

 上段受け、掛け受け、下段払い、手刀受け、中段下払い、回し受け、中段受け、底掌受け、内小手受け、鶴頭受け……――

「あれ? あれ? あれ? あれ? あれ? あれ? あれ? あれ? あれ? あれあれあれあれぇっッ!?」

 全て受け切られた! そんな馬鹿な!

「き、貴様! グレー・アクセルが起きてるな! いつ絶体絶命とッ!?」

「何を言っているのか分からん! しかし、ホモのレイプ魔に襲われる以上のピンチなんかないだろうが!」

 かしらの目には凄みが! 絶対に貞操を守らんとする決意の炎が宿っていた!

 ……拙いッ! このまま奴が覚醒したらッ! こいつの霊体と正面から渡り合う羽目になるッ!

「でてこいノノベリティ!」

 急いで自分の霊体を呼び出す。いまなら二対一で数の優位を――


 ……ッ!


 いま異能力者にしかえないはずの俺の霊体ノノベリティを目で追った!? ヤバい! もう異能に覚醒しつつある! このままじゃミイラ取りがミイラだ!

 ノノベリティを突っ込ませながら、全力で俺自身は逃げ出した。もう恥や外聞を気にしている場合じゃない。

 しかし、それでも間に合いそうにもなかった!

 ノノベリティの視界では、かしらが霊体と重なって見えている! もう覚醒寸前だ!

 凄まじい速さの一撃を見舞われる寸前ッ!

 ぎりぎりでノノベリティが解除される。本体おれから三メートル以上離れたからだ。

 そして理屈が呑み込めなくて目を白黒させてるかしらを尻目に、俺は全速力で走り続けた。

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